おまけ30・翔子、勅使を出迎える

 修学旅行に支障が無くて良かった。

 夫の子供を身籠ったけど、私は修学旅行に行けた。


 私としては、それでもう充分。

 大学校に行けない悲しみは、老後の楽しみに変換する。

 子育てが全部済んで、引退してから大学校に行くの。


 そして、在学中。

 学生生活の最終学年で、私は夫の子供を産んだ。

 辛かったけど、私は耐えた。


 夫のためでもあるし。

 私のためでもある。


 そして……

 本当の苦しみは、この先に待っているから。


「この子の名前はどうするの?」


 産婦人科の病室で、私は夫に訊ねる。

 私が寝ているベッドの傍に、簡易椅子で座っている夫に。


 相手の家に、長男に代々伝わる漢字があるとか。

 そういうのあったら、考慮しなきゃいけないから。


 ……私たちの第一子は男の子だった。

 可愛い私たちの宝物は、私の腕の中ですやすや眠っていた。


 そんな私に夫は


「そうだね。僕の名前の泰三は、祖父の名前がやすしだったから、そこからなんだけどさ」


 顎に手を当てて。

 色々考えてくれる。


「……僕は知っての通り、三男だからね。祖父にちなんだ漢字を使う資格がこの家にあるのか、って話だよね」


 で、と前置きし


「翔一で良くないか? あえてキミの名前を使うんだ」


 ……なんというか。

 夫は私のことを心底大切にしてくれる。


 なんというか……下品な話かもしれないけど。


 夫の初めての女は、私で。

 そのせいなんだろうか。


 ものすごく、大切にしてくれる。


「んん、あなたがそれで良いならそれで」


 私が文句を言うところなんてあるはずがない。

 私は夫の提案を受け入れた。




 そのまま、育児をしながら通学を続け。

 私は無事、学校を卒業した。


 ……定期テストのテスト勉強が一番大変だったなぁ。

 なんとか両立できないかをだいぶ考えた。


 授乳してるときに暗記をするとか。

 抱っこしてるときに数学の問題を考えるとか。


 ……で。


 私はそこから、就職活動はせず。

 自宅で体力をつけるための訓練を重ねた。


 ……どうせ呼ばれるからね。


 そして。

 26才になる年。

 つまり、卒業してから8年後。


 翔一が学校に入って2年目かな。


 ……とうとう、覚悟していた通達が来たのよ。


「小石川翔子さん。あなたが次代の四天王に決まりました」


 陛下からの勅使。

 それは黒い燕尾服を着た紳士だったわ。


 ……最低限の、陛下からの心遣いね。


 勅使は陛下本人に等しい代役。

 なので、実質的には私たちの家に陛下が出御されたのに限りなく近い。


 だから、拒否なんて絶対にあり得ないのよ。


 ……でも。

 勅使が来たとき。


 手が震えたのは今でもよく覚えている。

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