おまけ19・進美、老人に会う

「えっと……この病室だよな」


 ここは主に生活困窮者向けの終末医療施設。

 富裕層が入る施設と違って、お金の掛かる豪華なサービスは無い。


 あるのは読書だとか、簡単な老人向けスポーツだとか。

 お金の掛からない娯楽サービスだけ。


 まあ、言っちゃなんだが底辺だ。

 ……底辺と言っても別に汚い施設では無いんだけどね。

 ただとことん簡素。


 皆、慎ましく最後の時間を過ごしている。


 オレが今から向かうのは、そんな入所者たちのひとりの病室。


 ……最初、なんでジャガーノートを手放さなかったのかなと思った。

 あれ、売れば多分もうちょっと楽しい娯楽がある、2ランクは上の施設に入れただろ?


 そこらへん、ちょっと訊いてみたかった。


「虎山さん、入りますよ……」


 一応、さん付けで。

 礼儀に注意して病室に入る。


 大部屋の複数人だから、ノックはしない。

 プライバシーは無いだろ。ドアも開きっ放しだし。


 すると


「……お前、ひょっとして進美か?」


 たくさんあるベッドのひとつで寝ている、げそげそに痩せた老人が、オレを見てそう言って来た。

 やっぱり、この人か。


「……久しぶりだな。会長オヤジ


 ……オレの古巣。

 広域暴力団「白虎会」の会長だった男。

 虎山道夫とらやまみちお


 つまり、オレの元ボスだ。


 オレはベッドの近くに椅子を引き、座る直前に「座るぞ」と言い、腰掛けた。


「……久しぶりだなぁ。懐かしい……もう10年ぶりか?」


「……そのくらいじゃねえか?」


 正確には分からん。

 あまりそういうの、気にしないで生きて来たし。


「……しかし、落ちぶれたな」


 座ってすぐに、オレはそう、ハッキリ言った。

 別に悪いとも思わなかった。


 会長は犯罪で食ってた人間だ。

 こうなるのがある意味相応しいとすら思う。


 すると


「……そうだなぁ。麻薬ヤクの販売と、児童臓物ガキモツの商売はしないと決めて、任侠気取ってたが。逆に言えばそれ以外は何でもしたからなぁ」


 会長は自嘲気味にそう言った。


「そうだな。他人の生き血を啜って生きていたのは変わんねえよな。犯罪で生きていたんなら」


 オレは全くフォローはしなかった。


「……全くだ」


 会長は笑った。

 そして


「で、何の用だ? お見舞いなわけ、ねぇよな? ……四天王にまで出世したお前が、今更俺の見舞いってワケあるめぇ」


「話が早いな……ジャガーノートを売ってくれ」


 会長の言葉に、直球で答えるオレ。

 会長は性格上、騙そうとしたり、誤魔化そうとしたら機嫌をメッチャ悪くする人間だった。

 馬鹿にしてんじゃねえぞ、って。


 だったら、ハッキリ目的を言った方が良い。


 そう思い、言ったんだ。

 すると


「……タダでくれてやるよ」


 会長は、ちょっと寝返りを打ちながらそう返して来た。


 えっと……


「マジか? ……売ればいいじゃん。カネ入るぞ? もっといい施設に移れるぞ?」


「移ってどうする。俺は楽しくねえんだ。そういうのは白虎会を率いていたときにやり尽くして卒業したんだ」


 会長はそう、別に痩せ我慢でもなんでもないふうに、言った。

 そして続けた。


「お前が皇帝陛下の臣下になる流れで俺から去って、すぐだわ。手下が致命的なヘマをして、蟻の一穴みたいな感じで一気に崩壊した。俺の白虎会は」


 ただの思い出話。

 そこに何の恨みもない。

 そういう言い方。


「解散して、まあカタギの仕事を頑張ったよ。世間は冷たかったがね。まぁ、しょうがねえよな。元極道だし」


 懐かしそうに。

 思い出話。


「で……それで何でタダになるんだ?」


 長くなりそうなのと、話が脱線しそうなので、俺はそうツッコむ。

 すると


「……ジャガーノートを託して良い相手に託したいからだよ。悪いか?」


 ……ここで。

 会長はオレを見て楽しそうに笑った。


「……元々ジャガーノートはなぁ……」


 会長は話しはじめた。

 思い出話を。


 俺の家の家長の証にしようと思って、買ったんだ。

 それなりに高かったし、強引な手も使ったがな。


 でも……


「俺の息子も娘も、悉くクソになっちまった。あんなもんに家長の証をやれるか」


 ……自嘲しながら。

 会長は分かってるんだな。


 ……子供がクソに育ったのは、自分のせいであるってことを。


 親が率先して犯罪を犯す人間なのに、子供が真人間になるなんて難しいだろ。


 そりゃ、そうでない場合だってあるだろうさ。

 でも……


 会長の立場で、子供の自己責任だなんて言えねえわな。


「つれえな。会長……」


 そう言って、オレは言った。


 実はオレも母親になったんだ。

 娘は真人間になるように育てたい、って。


 すると


「……そりゃあ……良かったなぁ」


 そう言って笑い。


 スッと、少し大きめのカラーボックスを指差した。


「そのカラーボックスの最下段引き出しにジャガーノートが入ってる。もってけ」


「……分かった」


 オレは意を決した。

 椅子から立ち上がり、引き出しを開ける。


 そこには……


 デザインとしては、未開人が使いそうな斧。

 一応金属製ではあるんだけど。

 刃の形がしゃもじっぽかった。

 特徴的なのは、その刃に刻まれている赤い二重丸。


「こんなのなのか」


「あまり、カワイイ、とかは期待するもんじゃねぇぞ。実用性は保証するがな」


 ベッドに寝たまま、会長が言う。

 ヘヘ、と笑いながら。


 そして


「……10年ぶりに良いことをした気分だ。ま、元気でな」


 そう言って、目を閉じた。


 ……寝るんかね。老人だし。


 しかし……


「……タダで貰うと、贈与税取られるんだよな。迷惑だからやめてくれ」


 そう言い残してオレは去った。

 ジャガーノートを引っ提げながら。

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