おまけ13・進美、病室の攻防

 そしてとうとう、オレが大河の子供を産む日がやってきた。

 ものすごく苦しかったけど、子供を持つことが出来る喜び。

 そのためにオレは耐えた。


 オレは身体が小さいから、難産になるんじゃないかと思ってたんだけど。


 医者曰く、そうでもなかったらしい。

 でも、決して楽では無かったんだけど。


 生まれたのは娘で。

 抱かせてもらったとき、はじめて生まれてきて良かったと思えた。




 病室で自分の子供に対面させてもらって。

 とても嬉しかったけど。


 ひとつ、気がかりなことがあった。


 ……大河のやつ、小石川のところに行って、赤ん坊の回収をしようとしたらしい。

 その子は俺の子供だから、自分の手元で育てる、って言って。


 ……一理あるんだよな。それ。


 だって、アイツ結婚してるわけだし。

 そして最終的に選んだ女房が、すでに自分の子を妊娠している。

 だったら、腹違いの兄弟は、全員兄弟として育てられるべきだ。互いを他人と認識した状態で育つことこそ異常。


 オレは片親。あっちは両親揃ってる。

 だったら、親が2人の方に子供を預けてしまい、幼少時から2人こそ自分の親と認識させてあげることこそ子の幸せ。


 そんな理屈。


 分かる……分かるんだよ。

 兄弟が自分の兄弟を知ってるって、これは子供の権利だろ。


 でも……


 オレは、絶対に渡したくなかった。

 この子は、これからのオレの生きがいになる子なんだ。


 絶対に奪われたくない。


 嫌だ……嫌だ……


 すると


「進美、ありがとう」


 ……大河がやってきた。

 まあ、立ち合いはお前は女房じゃないからしないけど、子供は見に来るって言ってたし。

 予想はしてたんだ。


「……大河。来てくれた礼は言うが、オレはこのガキをオマエには渡さないぞ?」


 声が固くなる。

 オレは子供を庇うように抱いてしまう。


 絶対に子供を奪われたくなかったから。

 例え、言い分が全て向こうが正しいんだとしても。


 でも


「……そういうつもりなら絶対に取り上げないよ。安心しろ」


 大河はそう言いつつ、椅子良いか? と言い、丸椅子を傍に動かして、座った。


 ……ちょっと、信じられなかった。

 オレ、底辺層の子供なんだけど?


 ……底辺層の腐った教育を我が子にするかもしれんとか思わないのか?


「……オレがオマエのガキを育てることに何の不安も無いのか?」


 思わずそう言ったら


 大河は俺に、呆れたような声で言ってきた。


「……何で? お前が陛下の恥になるようなことをするわけがないよな? まともに子供が育たないことが、陛下の恥じゃないわけがないし」


 だから全然不安じゃない。当たり前だ。


 そう言われた。


 ……涙が溢れて来た。


 オレ、こいつにそこまで信じて貰えてたんだな……。

 すると


「……ちょっと待てや」


 オレの反応に、大河が文句を入れてくる。

 まあ、傍目に見ると、大河がオレを信じることが絶対にあり得ないことだと思ってたという意思表示にしか見えんし。


「……ワリィ」


 涙を拭く。


 大河は待ってくれた。


 オレが落ち着くまで。

 そして


「……で、どうする?」


 何かの意思確認。

 よく分からなかった。


 だから


「何を?」


 訊き返したら


「俺たちのこの子を育てるのはお前。これは決定事項。あとは子供の話だ」


 まっすぐにオレを見つめながら


「子供の話……?」


 大河は頷き


「……俺はどうすればいい? 希望を聞かせて欲しいんだが」


 父親として俺は面会はするのか。

 しないなら、俺の扱いはどうするのか。


 ああ……そういう問題か。


 言われるまで、考えなかったわ。


 大河とオレの関係……

 恋愛じゃなくセックスして、子供を作った関係。

 そしてオレは嫁に選ばれず、シングルマザーになった。


 ……これをこの子が知ったらどう思うかな。

 決して遊びで作った子じゃ無いけど、間違いなく、普通の旦那と嫁の関係で出来た子じゃないんだ。


 自分はお父さんに愛されてないって思いそうな気がした。

 だから


「……会わなくていいよ」


 そう言った。すると


「だったら子供に何て言うの?」


 返って来た言葉。


 ……考えてなかった。

 会いに来ないなら、何故会いに来ないって思うに決まってるし。

 そして会いに来ないのは「自分は父親に愛されてない」って思うはず。


 だったら……


「……し、死んだことにしていいか?」


 それしか、良い方法は思いつかなかった。

 大河には悪いけど、この子に歪んで欲しくないから。


 すると


「いいよ、それで」


 ……許してくれた。


 オレは大河に感謝した。

 そして


「……この子のために言っておきたいけど」


 大河は椅子から立ち上がりながら、こう言ってきた。

 とても嬉しくて、悲しい言葉を。


「お前が望んでくれたなら、俺、お前と結婚してたかもしれないんだよな」


 だからまあ、その子に「お父さんはお母さんを愛していた」って言ってもいいよ。

 多分嘘じゃ無いから。


 大河……ありがとう。

 嬉しい……!


 オレは俯いて、震えた。


 震えながら、思った。

 ……やっぱり、今のオレのこの状況は、オレがしっかり動かなかったことの結果なんだな。


 ……オレが甘えてたんだ。


 そう、自分の幼稚さを悔やんでいると。

 大河は


「男の子か、女の子か教えて?」


 去り際に、そう言って来た。

 ああ……教えておかなきゃな。


 コイツの子供でもあるんだから。


「……女の子」


 教えた。

 すると


「教えてくれてありがとうな」


 そう言い残して。

 大河は病室から去って行った。


 ……オレは、自分の子供をしっかりと抱き直して、彼の気遣いに感謝した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る