第96話 共感と決別

「転写ね……そうだね。ボクは転写したことがあるよ。キミと同様に」


 百田の声が冷静になる。

 いや、無感情になった。


「ボクの場合はね、婚約者とだよ。素晴らしいだろう?」


 メデューサの魔力はそこからなのか。

 そして、その言葉で何が起きたのかが分かってしまった。


 それは俺が想像した、最悪のパターン。


「そう、素晴らしかったんだ……」


 そして


「彼女が四天王に選ばれるまではね」


 声に、深い憎悪が籠った。




 彼女の魔力はメデューサ。神話系だ。

 だからボクは生きてる間は彼女の顔を見たことは無い。

 魔力に目覚めてから、ずっと仮面を付けていたからね。


 彼女との出会いは8才のとき。

 その頃からずっと仮面だ。


 顔は見えなかったけど、彼女は気高くて、立派な女性だった。

 華族として相応しい人間であるために、何にでも努力する素晴らしい人だった。

 ボクも彼女に相応しい人間であろうと、必死で努力した。


 だけど、その結果が四天王に抜擢か。

 しかもだ。


 四天王に、クズみたいな男が混じっていたんだよね。


 ……最低だ。

 酷い……。


 それだけで充分だった。


 自分に重ね合わせるには。


 議会はおそらく、保持している魔力の内容だけ見て四天王を抜擢している。

 そのせいで、こういう悲劇は度々起こったんだろう。


 俺がこの四天王の仕事を受けたのも、それを危惧したこともあった。

 俺より酷い人間が選ばれたら、きっと他のメンバーにとって最悪の地獄になるだろうと。

 ただでさえ辛いのに。


 自惚れかもしれないけど、それもあったんだ。


「……酷いな。最低だ」


 そう、言うしか無かった。


 すると


「……キミは分かってくれるかい?」


 百田の声に、少し喜びが混じった。


「ああ……」


 俺は頷いた。

 俺が久美子と一緒になることを決めたとき。

 想像した最悪の想像だもの。


 国の命令で、自分の愛するひとに他の男の種を注がれてしまうということは。


 だから、分かる。きっと分かる。

 彼の苦しみは。


 ……だけど


「……俺の代の四天王には、華族の人妻の女性が混じってる」


 それを言った。


 その途端。

 百田の声が冷気を帯びた。


「……だから何を言いたい?」


 続く言葉次第ではただではおかない。

 その意思の力が籠っていた。


「彼女も立派な女性だ。キチンと夫を愛してるひとだった。そんなひとも、今回の転写に参加したんだ」


 夫の人も納得済みで。そして生まれた子供も、自分たちで育てると言われたよ。


 そう、続けた。


「……へぇ……?」


 絶対零度の声。

 百田は吼えた。


「華族は耐えるもの。婚約者をクズの性の玩具にされても耐えろだと? 現に今回も耐えた女性が居たから? ふざけるな!」


 激高した。

 激高したまま続ける。


「同じ痛みを味わっても耐えた人間がいるのだからお前も耐えろ? 何をもって同じ痛みだと断じる!? それに、他人が耐えたものは、同じ条件の万人が耐えねばならないって考え方はおかしいだろうが!」


 ……ああ、そうだね。

 他人が耐えたから、お前も痛がるな。

 それはおかしい。絶対におかしい。


 だけど……


 翔子さんは仲間だ。それに大切なひとでもある。そんなひとが、苦しみ抜いてでも守ろうとした国なんだ。

 だから俺は、この国を守る。


 俺は百田の顔から視線を逸らしたまま、正眼の構えをとった。

 そんな俺に、百田はさらに熱くなる。


「この皇帝制の奴隷が! 必ず打ち壊してやる!」


 激高した百田。

 彼が衝動のままに口走る様に言った言葉。

 俺はそれに衝撃を受けた。


 百田はこう言ったんだ。

 俺に斬り掛かりながら。


「……中性子爆弾で!」

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