第95話 獅子殺し

 百田のスピードは尋常では無かった。

 間合いが見る間に詰まり、百田は脇構えからの胴薙ぎを繰り出してくる。

 相手が使っているのは日本刀。

 つまり刃物だ。


 常識的に考えれば、俺には通じない。


 刃物は俺には無効だ。


 だけど


(……まずい。これは避けないと)


 俺は斬鉄剣を使って捌く。


(死ぬ)


 直感的にこう思ったから。


 金属同士が打ち合わされる高い音が響く。


 ――鋭くて、重い斬撃。

 負けたことが無いとこいつは言ったけど。


 おそらく嘘じゃない。


 横薙ぎ斬撃を防がれると、流れるように上段に構え直し、袈裟掛けに一撃。

 それを身を捻って躱すと、手首を返してさらに逆袈裟。


 俺は跳躍して、間合いを離す。


 ……ものすごく殺意が高く、鋭くて完成された連続攻撃だった。


 そう、冷や汗を感じながらそう心で独白する。


 そのときだ。


 頬に、何か流れ出すものを感じたんだ。

 拭った。


 ……血だった。




 自分の血を見て、愕然とする俺に


「驚いたかい? 絶対に傷をつかないはずの自分に、何故斬撃が効いたのか」


 楽しそうに言う。

 本当に、心底。


 そして


「……この刀はね、キミの爪を冶金するときに入れた金属を鍛えて作ってるんだよね。つまり、キミを斬殺するためだけに鍛えられた、キミを殺すためだけの刀なのさ」


 手間が掛かってるんだ。百田は子供のように、嬉しそうに、こう宣言した。


「……名付けて”獅子殺し”キミを葬るために打ち上げた刀だよ。感謝して」


 獅子殺し……俺の爪を入れ込んだ金属で打った刀……


 あのときか……!

 俺は瞬時に思い出した。


 健康診断のときの、あのときの……!


 俺がそう、硬直するほどの衝撃を受けていると。


 百田は哄笑した。

 心底楽しそうだ。


「……ああ。キミの腕前だけどさ。悪くは無いよ。ボクの剣をそこまで受け流し、躱せるんだもの。さすが四天王に選ばれるだけはある。……魔力だけの男じゃないんだね」


 ……こんなときに、俺は他人に認められた。

 それも、敵に、だ。


 説得力がある言葉だ。

 だけど、嬉しくはないな。


 何故なら


「だけど、ボクの位階には到達できてないね。まあ、まともにやっても勝てるけど」


 ……これが来るのが分かっていたからね。


 そして


「……そこまで分かったから、教えておくね。ボクの魔力は……」


 言いながら


 百田は般若の面に手を掛けた。


「桃太郎と……」


 そして面を外した。

 外すときに


「メデューサだ」


 俺は目を逸らした。

 直感で、見てはいけない、と思ったから。




 メデューサ……!

 超有名なモンスター。


 様々な創作物に登場する、ギリシャ神話の怪物。

 青銅の腕と黄金の翼を持ち、蛇の髪を持つ女の姿をした怪物。

 特筆すべきはその顔で、彼女の顔を見た人間は激しい恐怖を感じた上で、石化するという。


 こいつは桃太郎の魔力以外に、メデューサの魔力も持っている。

 おそらく外の石化兵士は、これでやったんだ。

 飛行能力に関してもここ由来だろう。

 黄金の翼があるんだ。飛べてもいいだろうし。


 百田は楽しそうに笑い続けている。


 ……そして


 このことはひとつの事実を示している。

 俺は視線を逸らしたまま、百田にこう言った。


「アンタも……転写経験者なのか?」


 その瞬間。

 百田の笑い声は、ピタリと止まった。

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