8章:忍び寄る危機

第84話 何で俺だけ?

 だいぶ時間が過ぎて。

 山河を保育所に預けられるようになった。

 本当は、どうもベビーシッターが雇えたらしいんだけど。国のお金で。

 俺たち夫婦は、それに気づかなくて。

 

 ……山河が発語して、歩けるようになって、しばらく経ってから


「あ、保育園だけでなくて、ベビーシッターにも補助金でるのか」


 久美子は。

 そう、山河を抱っこしながら、この転写で国から補助金出る事例についての資料を読み込んで、一言。


「ええっ、損したね」


 思わず俺がそう言うと


「……うーん」


 ちょっと複雑な表情をしながら久美子。

 彼女は……


「でも、一番可愛い時期を一番身近で見せて貰ったわけだし。これはこれで良かったと思うよ?」


 ……うん。

 まあ、それは説得力あるけどさ。


 キミがいうと、なんか感慨深いねぇ。




 そういうわけで、久美子は仕事に復帰した。

 進美も復帰。


 四天王が4人になった。

 当たり前だけど。


 そして今日は、健康診断の日。

 病院着を着て、各種検査を受ける。


「藤井さん、視力1.5」


 ……これ、調べる意味無いんよね。

 ライオンは人間の5倍の視力あるから、俺は視力10.0あるのよ。

 でも、使ってるのが人間用だから、1.5までしか調べられない。


 意味の無いことしてるなぁ、と思いつつ、目を片方隠して検査。

 右が終わったので左。


「これは」


「右です」


 ……上から下までくっきり見えてる。


 視力検査の結果を後で久美子に聞いたら、久美子も全部見えたらしい。

 まあ、彼女の場合は近眼だったから、多分10には届かないだろうけど、それでも1.5では収まらないんだね。


 さて、次は採血だ、と思ったところで


「藤井さん、少しよろしいですか?」


 話しかけてくる人がいた。

 見ると、服装は医療関係の人のようだったので


「えっと、何の御用ですか?」


 そう返した。

 すると


「爪を切っていただきたいのですが」


 ……えっと。


「何のために?」


 訊き返した。

 すると


「新規で注射針を作りたいのと、手術用メスを作るために必要なんです」


 ……なるほど。

 まあ、今の注射針、だいぶ長いこと使ってるしな。


 そろそろなんかね。

 それに手術用メスは大事よな。

 無かったら手術できないしよ。


 大事な子供がいるし。

 大病になったときに手術できないのは困る。


 ……しかし。

 四天王の話が来たときに、国にこのことを言った覚え無いんだけど……


 そのくらい、国は調べてしまうものなんかね?

 陛下の方からも「手術や注射はどうすればいいのだ?」という御下問来た覚え無いしな。

 知ってて当然なのかも。


 なので


「分かりました」


 渡された爪切りを使って、爪の伸びてる部分をパチンパチンと切った。

 量があった方が良いと思ったので、足の爪も。


 ……ちょっと深爪になってるかもしれない。


「こんなもんで」


 そう言って、新聞紙の上に集められた切った爪を職員さんに引き渡す。

 これでもう、手術を受ける必要が出てきても安心だ。


「確かに。お手数をお掛けしました」


 そう言って、職員さんは俺に頭を下げ。

 切った爪をガラスの瓶に移した。

 そのガラス瓶には「藤井大河の爪」というラベルが貼ってあった。

 手書き文字の。


 ……この職員さんが書いたのかね?

 少し、思った。


「それでは」


 さらに一礼し、職員さんは去っていく。




「なぁ」


 その日。食卓。

 家で夕食。

 今日はカレーだ。


 久美子は幼い息子が食事する世話をしている。

 使い方を覚えたスプーンを用い、自分で食べようとしている。

 それを横でサポートする。

 ちょっと忙しそうだったけど、こういう会話はしておきたい。


「何?」


 彼女が顔を上げる。

 俺は訊いた。


「……今日、キミのところにさ、爪を切ってくれっていう職員さん、来た?」


 当然、ああ、来たわよ。

 そういう答えが返ってくると思ったんだけど。


「いや、来なかったわよ?」


 え……?


 ちょっと、驚く。

 だとすると、俺だけ?


 何で、俺だけ?


「……俺のところには来たんだけど。新規で注射針とメスを作るって言って」


 そうすると彼女は


「私は、山河のお産のときに帝王切開できないことでヒヤヒヤしたから、お産が済んだら即作ったのよ。この間。注射針もだけど、手術用具一式」


 ああ……なるほど。

 だったら……そんな短いスパンで作り直すなんて事態は無いのかも……。


 そう思ったから


「なるほどねぇ。そのせいか」


 俺はその件に関してはそれで納得してしまった。

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