第81話 話し合ったら?

 子供が生まれてから大変なことになった。

 寝られない。


 しんどいさ。

 しんどいけどね……。


 久美子が壊れるのが怖かったので、俺はなるべく手伝った。

 ……体力がね……あったのよ。

 魔力のお陰かね。


 愛したひとが化け物になるのは嫌なので、やらざるを得なかった。

 育児疲れで、我が子を虐待する母親になるなんて、絶対嫌だ。


「あなた、そこまでやんなくてもいいよ?」


 息子に授乳しながら、久美子が言って来る。

 俺は部屋の掃除をしながら


「……俺がやりたいからやってるだけ」


「……あなた、寝て無いでしょ」


「キミも大して寝て無いだろ」


 掃除機を握ったまま。

 そう、お互い寝てない。


 子供は親の都合なんて考えないからな。

 久美子の負担を減らさないと、久美子が追い詰められて我が子を虐待するかもしれない。


「……それは……嫌だ……」


「何が?」


 声に出てたことを聞かれてしまった。

 まずい。


「ゴメン、声に出てた」


 あわててそう言ったけど

 久美子は半眼で俺を見て


「……また悪い方向に考えてるでしょ」


 ……見抜かれてる。

 脂汗が出てきた。


 久美子は俺を観察している。

 息子に授乳しながら。

 その目はとても厳しい。


 俺は俺で。

 考えていたことを口に出せないので目を逸らす。


 言えるわけねえ。

 キミが児童虐待始めるのが怖くて休めない、なんて。




「藤井くん、疲れてるわね」


 次の日王城に出ると、廊下で翔子さんに出会った。

 翔子さんはいちはやく仕事に復帰している。


 ……まぁ、華族は大変だけど、お金だけはあるもんな。

 多分、ベビーシッターなんかを雇ったんだろう。


 でもそれって、幸せなのかなんなのか。


「久美子に負担掛けたくないので、可能な限り、家事を」


「……惚れた弱みってやつ?」


 なんか楽しそう。


 ……あなたにそんなこと言われると、何か複雑なものがありますね。


「……悪い方向に考えちゃうんですよ」


 翔子さんの質問に答えず、そう答えた。

 それに対して


「悪い方向って?」


 訊き返された。

 ……どうしようか?


 ちょっと、迷ったけど。

 言ったよ


「久美子が……我が子を……」


 すると


「山本さんがそんなことはしないわよ」


 反射的に俺は言った。


「藤井です。彼女も。今は」


「あらごめんなさい」


 マジで失言だったらしい。


「……久美子さんは賢いから、頭がおかしくなってると自分で感じたら自分で対処するわ」


「それは……」


 翔子さんの言うことは頷くことはできた。

 けど……


「だからほっとくっておかしくないですか?」


「話し合ったら?」


 ……言葉を失う。

 その通りのような気がする。


 そのときだった。

 近衛兵の人が走り寄って来て。


「四天王の皆さん! 出動要請です!」


 ……半分しかいないけどね。

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