第79話 最初の子

 そしてそのときがやってきた。


「んん~! うぎいいいいい!」


 久美子が分娩台に乗せられて、俺たちの子供を産むために苦しんでいる。

 久美子は清楚な美人だけど、今まで見たことも無い顔をしていた。


 歯を食いしばり、涙を流している。

 魔力があっても、産みの苦しみを無効化できないんだ。


 ……久美子。


 こんなの、普通誰にも絶対見せないよな。

 それでもやってくれてるんだ。


 そういえば、前。


 声を出すとお産に良くないっていう話を聞いた。

 言っていたのは他ならぬ久美子だ。

 だから、久美子は間違いなくそれを意識してるはずなんだ。


 ……なのに


 アアアアアアッ!


 ……耐えられないのか。

 俺の胸は熱くなる。


 申し訳ないけど。


 そして


「藤井さん、頑張って!」


「もう少しです」


 おぎゃああああああ!


 ……産まれた。


 俺は思わず、駆け寄っていた。

 詳しい説明は聞いていないけど、多分感染症対策なのか、今、俺が来ている防護服。

 緑色の、手術する外科医が着そうな服。


 それでちょっと動きづらかったけど。

 他人に許可も求めず、愛する妻の手を握っていた。


「ありがとう。本当に」


 その言葉を言うしか無かった。

 ……気が付いたら、泣いていた。


 そんな俺の様子を見て


「……良かった。あなたから最初に聞く言葉が……感謝で」


 そう言いながら、久美子は産後のダメージで疲れ切っている身体で。

 緩く、微笑んだ。




 助産師さんが俺たちに言った。


「おめでとうございます。男の子ですよ」


 差し出されたのは血まみれの我が子。

 生まれたのは男の子。


 ……ちょっとだけ恐れていた性別。


 ……男の子。

 まずいな、とは頭の片隅で思ったけど。


 俺は、産んでもらったんだ。

 文句なんか、無いよ。


 だけど……


 進美や翔子さんのところの子供に、絶対に特別な感情を持たないように注意しなきゃいかんのか。

 あの二人の子供だよなぁ……絶対に可愛いよな。


 どうしようかな……


 この子だけには、腹違いの姉がいることを教えておくべきか?

 どうしよう……?


「……あなた」


 そんな風にぐるぐる考えごとをしていると。


 久美子に話し掛けられて、ハッとした。


「……抱いてあげて」


 えっと……


 俺が最初で良いの?

 そう、思ったけど


「……高確率で私の方に懐くと思うから、今はあなたがいいと思う」


 久美子は疲労を抱えた弱い微笑みでそう言ってくれた。


 ……そっか。

 久美子がそういうなら、させてもらおう。


 だから、俺はさっきまで考えていたことを投げ出して。

 差し出された俺たちの子供を抱いた。


 ……小さい。

 かわいいな……


 同時に、思い返す。

 久美子のおなかの中に、10カ月以上居た存在。

 愛おしさが高まっていく。


 ……色々辛い思いをしたけれど。

 この子たちが生きていく世界を守るためだったんだ。


 何が何でも、この世界を守らないといけない。


 俺はそんな思いを強くして。

 仕事を頑張ろう、と思った。

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