第78話 想定外だ
俺は久美子と同じ部屋に住んでいる。
というか、久美子が俺の部屋に引っ越してきたんだ。
入籍した日からそうしているのだけど。
ふたりの自宅ソファに座りながら
「もうすぐ生まれるねぇ」
……久美子はそう言って愛おしそうにおなかを触っていた。
目の前のテーブルの上に置かれた皿に盛られたフライドポテトを食べながら。
なんか、悪阻のときはフライドポテトが良いらしい。
栄養的にどうなんだと思わないでも無いんだけど。
食べられるのがそれしかないと言うんで、仕方なく。
……なんも食わないよりはマシだろうよ。確かに。
しかし……
これはさすがに久美子にも言えないんだけど。
……悪阻で苦しんでる彼女を見ると、ゾクゾクするんだよね。
ああ、俺のために、みたいな。
だって、俺のことが大事で無いなら、こんな苦しみに耐えてくれるわけがないもの。これはつまり、彼女の俺への愛の証明。
愛おしさが高まって、抱きしめたくなる。
まあ、苦しんでる方はそれどころじゃないんだけど。
……さすがにこれを言ったら離婚を切り出されるかもしれんから言えんよな。
だからまぁ、罪滅ぼし的にサポートは思いつく限りでやっていたら、妙に喜ばれている。
……まあ、久美子が幸せならそれでいいか。
で、ある日のことだ。
いつものように久美子がソファに座っていたら。
「イタタタタ……!」
急に久美子が苦しみだした。
……とうとう来た!
生まれる! 俺と久美子の子供が!
嬉しさと不安が一気に来た。
来たんだけどさ……
(あ……!)
大事なことに気づいてしまった。
俺の記憶が確かなら……
久美子は冶金の段階で爪を混ぜ込んだ金属で、各種道具を作ってないのでは……?
まずい……どうしよう……!
子供のことばっかりで、そういう特殊事情を考慮してなかった、と。
親になる覚悟を決めていくばっかりで、出産のシミュレートが足りてなかった。
顔から血の気が引いていく。
もし、帝王切開が必要です、なんて言われてしまったら、詰む……!
だから訊いたよ
「久美子、爪入りの金属、作った?」
すると久美子は顏を青ざめさせた。
多分気づいたんだろう。自分には帝王切開の選択肢が無いんだ、って。
そして顔を左右に振る。
まずい……!
「と、とにかく祈って! こういうときは祈るしかないよ!」
あと救急車!
そう彼女は言うので、俺は慌てて従う。
数分後、救急隊員がやってきて。
肩を貸して久美子を連れて出て行った。
あとに残された俺は
(……久美子の入院に必要そうなものを)
俺は着替えだとかその他、必要そうなものを鞄に入れるんだけど。
……要るよなぁ。俺たちの専用医療器具……。
そんなことをずっと考えていた。
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