第77話 進美と詰める話

 進美が俺の子供を出産する。

 俺は立ち会わなかった。

 産婦人科の廊下の待合で待ってはいたが。


 長椅子に座って、俺は考えた。

 俺とアイツのこれまでと、その想いを。


 アイツは自分を妊娠させた責任取って結婚しろとは1回も言った事が無い。


 そして、アイツとセックスしたとき。

 俺はアイツのことを心底可愛いと思っていた。

 男としてアイツに欲情した。


 人間としても俺はアイツが大好きだ。

 陛下への忠誠度の高さは尊敬すらしている。


 だから、俺はアイツと結婚はしなかったが。

 もし、アイツが久美子より先に結婚してくれと言っていたら、アイツが俺の妻になってた可能性があるんだよな。


 ……何で言わなかったんだろうか?

 俺は考えた。


 昔の俺なら、俺に魅力が無いからだ、って結論を出していたと思うけど。

 それは違う。

 今はそう思っている。


 進美は身体を開いても良いと思えるまで、俺と交際した。

 映画に行って会話するだけだったけど。


 だから、絶対に違うんだ。


 あいつはきっと、自分の出自を負い目にしてる。

 だから言わなかった。

 自分は結婚する資格が無いのだと。

 だからきっとそうだ。


 陛下の恥になることを恐れて、顔を隠すような奴だし。


 ……今日は久美子は来ていない。

 久美子もそろそろ動けない状況だからだ。

 多分もう間もなく俺たちの子供が生まれる。

 俺たち夫婦の子供が。


 久美子は進美のことを計算に入れていたのかな?

 入れていた可能性はあるかもしれないと思いつつ。


 病院のスタッフさんから、病室に入っていいと言われた。


 俺は椅子から立ち上がった。




 佐倉進美と書かれた病室に入った。


「進美、ありがとう」


 進美はベッドで病院着姿で、俺たちの子供を抱いていた。

 とても幸せそうに。


 ……そんな顔をするんだな。


 素顔だ。

 まあ、病院だから当然かもしれないけど。


「……大河。来てくれた礼は言うが、オレはこのガキをオマエには渡さないぞ?」


 俺に気づくと、進美が警戒した顔でそう言って俺たちの子供を庇うように抱く。

 多分、俺たち夫婦が翔子さんのところでやらかしたことをどっかで聞いたのか。


 だから言った。


「……そういうつもりなら絶対に取り上げないよ。安心しろ」


 そう言いつつ、椅子良いか? と言い、丸椅子を傍に動かして、彼女の傍に腰を下ろす。

 進美はそんな俺を、ポカンとした顔で見つめていた。


「……オレがオマエのガキを育てることに何の不安も無いのか?」


 そして、そんなことを言って来た。

 俺は、進美に呆れたような声で言ってやった。


「……何で? お前が陛下の恥になるようなことをするわけがないよな? まともに子供が育たないことが、陛下の恥じゃないわけがないし」


 だから全然不安じゃない。当たり前だ。

 そう言ってやると


 ……突然泣き出しやがった。


「……ちょっと待てや」


「……ワリィ」


 涙を拭く進美。


 俺は少し待った。

 進美が落ち着くまで。


「……で、どうする?」


 話を切り出す。


「何を?」


 そして訊き返して来たから、こう返した。


「俺たちのこの子を育てるのはお前。これは決定事項。あとは子供の話だ」


「子供の話……?」


 俺は頷いて


「……俺はどうすればいい? 希望を聞かせて欲しいんだが」


 父親として俺は面会はするのか。

 しないなら、俺の扱いはどうするのか。


 そういうと、ボソリと


「……会わなくていいよ」


 そう、進美が言ったので。


「だったら子供に何て言うの?」


 そう返す。


 そのことは頭に無かったのか。

 しばらく絶句していた。


 だけど


「……し、死んだことにしていいか?」


 そんなことを言い出した。


 ……そっちにいきなり思い至ったんだな。

 生きてるなら、何故会いに来ないんだという話になる。

 そこから「お母さんは捨てられたんだ」ってなるに決まってるから。

 そうなると「自分はお父さんに望まれて生まれて無いんだ」となる。


 だったら「すでに死んでいる」という設定にした方がいい。


「いいよ、それで」


 だから俺は進美の提案を受け入れた。


 ……これでまあ、進美と詰めたい話はしたかな。

 だから


「……この子のために言っておきたいけど」


 椅子から立ち上がりながら、言って

 こう続けた。


「お前が望んでくれたなら、俺、お前と結婚してたかもしれないんだよな」


 だからまあ、その子に「お父さんはお母さんを愛していた」って言ってもいいよ。

 多分嘘じゃ無いから。


 ……もう、俺の奥さんは久美子に決まってしまったから、ifの話なんだけどね。


 進美は俯いて、少し震えていた。


 ……あ、そうだ。


「男の子か、女の子か教えて?」


 色々あって、妊娠中は聞けなかったけど。

 それだけは、知っておきたい。


 すると


「……女の子」


 ……なるほど。

 もし、久美子の産む子が男の子だったら、進美の子供とは恋愛しないように気をつけないと。

 そうなったら、そのとき改めて三人で相談した方が良いよな。


 しかし……ふと考える。

 女の子なのは、処女だった進美が、性的満足なしでいきなり妊娠したからそうなったのかな?

 セックスで満足すると、男の子が生まれやすいとか、どっかで見た覚えがあるし。


「教えてくれてありがとうな」


 そう、礼を言って。

 俺は進美の病室を立ち去った。

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