7章:親になるということ

第75話 最初の子供

 久美子の家に挨拶に行き、色々あって気に入っては貰えた。

 まあ、素顔で仕事ができなくなったんだけど。そのせいで。


 俺たち2人とも仮面を買ったよ。


 アイマスクな。

 顔全体覆うと、動きが制限されるんよ。


 ……なんかどっかの怪盗団みたいだな。

 仕事しながら思ってしまう。


 そして


「……そろそろ、動きにくくなってきたから。あとはゴメンね」


 久美子がいい加減、おなかが大きくなりすぎて来て、仕事できなくなってきたので。

 大人しく、幟を立てて引っ込むことに。


 ……何もなくて良かった。

 正直、思う。


 久美子は「絶対大丈夫だよ」って言い切ってたけどさ。

 俺は心配だったんだよ。


 キミと俺の子供なんだからな。




 そして、久美子が臨月近くなり。


 出産予定日が迫って来たとき。


 ……翔子さんの出産予定日がやってきた。




「……不安?」


 産婦人科廊下の待合で。長椅子に腰掛けながら。

 俺は自分の第一子の誕生を待っていた。


 隣には、俺の妻になった久美子が居てくれている。

 彼女の薬指には、俺と同じく指輪が嵌っていた。

 今の彼女は、藤井久美子になっている。


 ちなみに入籍しただけで、結婚式は挙げてない。

 どうしても、それをする踏ん切りがつかなかった。


 ……久美子以外に、俺の子供を身籠っている女性が2人もいるのに。

 それを差し置いて、結婚式って。


 ……どうしても、引っかかる。


 この状況で、結婚式を挙げて許されるのだろうかという気持ちが、どうしても働いたんだ。

 ……幸い、結婚式は面倒であるという考え方がわりに有名だったから、酷くは叩かれなかったけど。

 手順を大事にする士族である俺の両親だけは、酷くがっかりしていたけれども。


 俺は隣のマタニティウェアを身に着けた彼女の手を握った。

 彼女だって身重なのに、今日のこの日に病院に来てくれた。


「……不安さ。自分の子供が出来るんだから」


 久美子の問いに、僕はそう答えた。


 自分の血を引いた子。

 俺が責任を持たないといけない命。


「私の子供でもあるわ。……一緒に育てるんだから。多分、この子と双子みたいなものじゃないかな」


 そう言って、彼女は自分のおなかを撫でた。


 そのときだった。


「ああああああっ!」


 すごい叫び声が聞こえて来た。

 ……翔子さんだ。


「……お母さんの話だけど、声を出すとあまり良くないらしいのに」


 久美子はそう言って、心配そうな顔をする。


 でも、そろそろかもしれない。

 だいぶ経つから。


 そして……


 おぎゃあああああ!


 産声。

 生まれた……!




 俺は翔子さんの夫では無い。

 だから俺には分娩室に入る資格が無いから、普通の人が翔子さんの赤ちゃんを見ることが出来るようになるまで、そのときを待った。


「藤井さん」


 そして。

 助産師さんが俺に話し掛けて来た。


「小石川さんとの面会、可能です」


 ……俺は久美子と顔を見合わせ。

 頷きあった。


 ……行こう。




「小石川さん、ありがとうございます」


 教えて貰った病室に入る。

 引き戸のドアを開き、久美子を伴って。


 ……可能な限り、早めに引き渡して貰おうと思った。


 時間を置けば、それだけ辛くなる。

 だけど……


 水色の病院着を着た翔子さんはベッドで横になっていて。

 産み落とした俺との子供を抱いていた。


 金髪の翔子さんの子供。

 この子はどうなるのか。

 頭髪が全くなかったから分からない。

 でも、目は青いかもしれない。


 そして


 翔子さんの病室には、先客が居た。


 ……上等な身なりの、中年男性。

 体型は引き締まってて、服装と相まって、彼が上流階級の人間であることが一目で分かった。


 雰囲気は穏やかな人だ。

 口ひげを生やしていて、目には力があった。


 ……直感的に、俺はこの人が誰なのかを理解してしまった。


「藤井くん」


 翔子さんが俺を見て名を呼んだ。


 そうして、その男性も俺に気づいてしまったようだ。


「はじめまして」


 ……その声は穏やかだった。


 そしてその次の彼の言葉は、俺の予想通りだった。


「私は小石川泰三……翔子の夫です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る