第74話 杞憂だよ

「……双転写……ということは、今お前は妊娠しているのか!?」


 さすが久美子のお父さん。

 双転写という言葉と、そこに付随する事実をご存じだった。


 で


「ええそうよ。そして双転写が起こせることの意味合い、お父さんなら分かるでしょう?」


 ……一般では男女の愛がしっかりしてないと転写が起きないことになってるから。

 普通に考えると、精神面では娘を任せていい男、ってなるけどさ……


 久美子……キミは失念している。

 俺たち、!?


「そうなの!? じゃあもう結婚するしかないわよね! 藤井さんは士族の家の人なら、ちょっと厭らしいけど、そっちの面でも心配ないし」


 お義母さんがなんか平然と次の話をしている。

 久美子の合理的なところ、お義母さんからの遺伝っぽいな。


 まぁ、それはそれとして……


「彼の魔力は神話系で、ギリシャ神話の怪物の『ネメアの獅子』の能力をそのまま使えるっていうもので……」


 久美子は嬉しそうに俺の魔力を説明している。

 多分、彼女にとっては俺との夫婦の絆だと思ってるんだと思う。


 それ自体は嬉しい。


 だけど……


 それはつまり……「影使い」「ネメアの獅子」の2つの魔力以外の魔力を使用した瞬間


「え? キミ、娘以外の女を孕ませてるの?」


 ……ってなるわけで。

 それはマズいだろ。常識的に考えて。


 ……今後は四天王の仕事するときは仮面つけてやろうね。

 2人とも。


 お義父さんにバレると非常にマズいし。




「秘蔵の羊羹を出しましょう。久美子の旦那様ですし」


 お義母さんがすごく嬉しそうにお茶とお菓子の準備をしてくれている。

 いきなり娘が連れて来た男が、すでに娘を妊娠させていた。

 けれど、その相互の男女間の信頼関係は完璧。


 ……合理的に考えるなら、いきなりではあるが、まあ安心できる状況ではあるんだけど。

 普通、割り切るのは難しいと思うんだよ。


 ……この辺、やっぱ久美子のお母さんだよね。


 コポポポ、と湯呑に緑茶を淹れてくれた。


「どうぞ藤井さん」


「ありがとうございます」


 頭を下げた。


「ねえお父さん」


 そんなとき。

 久美子がお義父さんに話し掛けた。


「なんだ?」


 新聞を畳んで、他の新聞を重ねてる箱に放り込みながら、お義父さん。


「今日の新聞にさ、ウランの記事出てたでしょ?」


「ああ、あったな。とうとう原子力が復活するのかと胸が躍ったよ」


 楽しそうに、お義父さん。

 そんなお義父さんに


「……まあ、平和利用は良いんだけど、兵器関係は大丈夫なのかしら?」


 原子爆弾もだけど、中性子爆弾とか。


 そんなことを言った。


 中性子爆弾。


 ……正直、聞き慣れない言葉だった。


 するとお義父さんは


「大丈夫って?」


 久美子は少し不安そうに


「テロリストが核兵器作ったりしたりしないのかなぁ? って」


 すると、お義父さんは軽く笑って。


「そういうのを杞憂って言うんだ。久美子」


 お義父さんはそう言って、核兵器を作るにはものすごい高いハードルがあることを説明してくれた。

 ウランが手に入ったからと、すぐ誰でも作れるようになるものでは無いんだ、と。

 ほとんど理解できなかったけど。


「政府もそういうことは予想してるはずだから、ウランを掘ると決まった瞬間に、関連機器の製造販売に関する法規制をきっちりやっているよ」


 その言葉の力強さが俺の心に強く残った。

 ……安心できる言葉だなぁ。


 その後、お義父さんはお義兄さんと俺には理解できないハイレベルな原子力の会話をはじめた。


 俺はお茶をいただきながら


 ……ここの家、学者の家なんだなぁ……。


 そう、思った。

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