第62話 陛下の魔力

 気分の問題なのか。

 陛下はパンフレットを丸めて、それを覗いてショーをご覧になっていた。

 望遠鏡のつもりなのか。


 ……本心で楽しんでるみたいに見える。

 そうでないと、こういうリアクションはしないだろう。


 しかし……

 あのスタッフ、マンオーウォーに投げられまくっても、全然平気そうだよな。

 多分、相当訓練を積んでるんだろうな……




 ショーが終わった。


「面白かったです。最高でした」


 陛下は笑顔であらせられた。

 良かった。


 そろそろお昼だからご昼食なわけだけど……


「時野さんは何か食べたいものは?」


「鉄砲鍋が食べたいです!」


 訊いたら、即答。

 鉄砲鍋……


 フグクジラの鍋のことだよね。

 有毒生物の鍋。


 当たったら死ぬ。


 ……いや、ダメでしょ。

 それだけは。


 中毒になったらどうするんですか?

 却下です却下。


「それはいけません。他のにして下さい」


 すると陛下はすごく残念そうな顔をした。

 ……そんなに食べたかったら、来世は平民に生まれてくることですな。


 俺は内心そう付け加えた。

 すると


「だったらお好み焼きがいいです……」


 すると今度はだいぶ庶民的なものを提案された。

 まぁ、それなら……




「広島焼ってあるんでしょうか?」


 入店してテーブルについて、陛下はそう仰られた。

 陛下はどうも、巨大広島焼のイメージがあって、それが食べたいらしい。


 ……あんのかなぁ……?


「広島焼ありますか?」


「……一応、あります」


 店主はそう答えてくれた。

 おお……


 すると陛下は


「大きさは?」


 目をキラキラさせながら。


 ……陛下、畏れながらそれはさすがに無理だと思います……




「……家の食事は冷たくてまずいのでこういうのは嬉しいです」


 普通サイズの広島焼を美味しそうに召し上がる陛下。

 家……王城のことですな。


 まぁ、毒見が入るだろうから冷めてるよね。そりゃ。

 ……辛いよなぁ……。


「藤井君はお好み焼きはよく召し上がるんですか?」


 そんなことを考えていると、陛下が話し掛けて来た。

 お好み焼きは……


「いえ、食べて無いですね」


 ……太りやすいからな。

 油断するわけにはいかないし。


 現に今だって、肉しか注文してないし。

 あとは水。


「どうしてですか? 美味しいですよ?」


「……色々あるんですよ」


 詳しく説明しても、理解されない可能性あるし。

 俺はそういう返答で止めた。


 ……けど。


 そういうの、臣下として良くないのかなぁ?

 陛下に対して無礼じゃないか?


 主君が自分のことなんて理解できないだろう、って言ってる風じゃないか?


 ……やっぱナシ。


「……お好み焼きは炭水化物の塊です。太りやすい体質だと、気になるんですよ」


 そう、思い直して奏上すると。


「……うーん」


 陛下は食べるのを止めて、悩み始めた。

 あら……?


 そして


「……そういえば、じいやにも帰ってきたら食べたものを報告してくださいと言われました。……外の食事にはそういう罠があるんですね」


 ああ……


 言ってみるもんだな。

 俺の発言、何かの役に立ったみたいだ。




 食事を終えたので。


 公園に行きたいと仰られるので。

 道を歩いて、公園を目指した。


 無論、車道側に俺が立ち、歩道側を歩いていただく。


 ……こうしてみると、陛下はただの美少女で、俺はただやっかまれるだけの男なんだけど。

 実際は、ここにいるのはこの国の国家元首なわけで。


 ……なんか妙な気分になってくる。

 ここにおわす方をどなたと心得る。恐れ多くも地球皇帝陛下だぞ、みたいな。


 ……皆驚くだろうなぁ。

 言えないけどさ。秘匿情報だし、危ないから。


 そんなことを、つらつらと考えていた。


 そんなときだった。


「ママーッ!」


 子供の声が聞こえたんだ。

 同時に女の悲鳴も。


 反射的にそれを見た。


 そして驚愕する。


 車道を、幼児が走って来たんだ。

 横断で……

 メッチャ車が走ってるのに。


 構図を理解するのに、数瞬要した。


 ……どうも、こちら側に母親が居るのを見つけ、幼児が道路を横断して来たらしい。

 周りを見る知能がまだ育っていない幼児あるある。


 ……何故こんな状況になったのか、そこは気になるけど、状況は理解できた。


(助けないと)


 俺なら車に撥ねられてもダメージは無い。

 危険は無いんだ。


 躊躇う理由が無い。


 ……間に合うかどうかが、問題だ。


 間に合え……!


 そして俺が動こうとしたときだった。

 信じられないことが起きたんだ。


 なんと……


 幼児が車道から消えたんだ。


 そして何故かこっち側の歩道に、その幼児の姿があった。


 幼児は、キョトンとしていた。


「スグルちゃん!」


 母親がその幼児を抱きしめる。

 幼児は何が起きたのか分かっていない。


 ……だけど、俺にはなんとなく理解できてしまった。


 おそらく……


 今、陛下が魔力をお使いになられたんだ。

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