第61話 陛下と水族館

「へ、陛下……」


 思わず呟いてしまうと


「……時野君子ときのきみこと呼んでください」


 それについて、陛下が指示してくる。

 そっすか……


「時野さん」


「はい、なんでしょうか藤井君」


 陛下は笑顔で応えてくれる。

 俺は陛下に


「では、海獣館に行きましょう」


 そう言って、歩き出した。

 陛下には付いてきてもらった。




 海獣館は、地球帝国の近くの海から捕獲した魚やら、魔物やらを展示する水族館だ。


「あれは何ですか?」


 水槽からジャンプして、ヒレで飛び回っている魚がいる。

 色は赤い。そして口には鋭い牙を備えていた。


「あれはフライングキラーです」


 殺人魚ともいう。

 危ない魚だ。

 こいつの群れが確認されると、漁業に深刻な影響が出る。


「あれは?」


 口の中に女の顔がある魚で。

 で、その魚の胴体から人間の足が生えている。


 で、浅く水を張られた水槽を歩いている。


「タンノです」


「なるほど……」


 男を引き込む半魚人……。

 メスしかいないから、他の生物の雄の精子を利用するんだよな……


 陛下はタンノに興味があるみたいで。

 やたらと熱心にご覧になっていた。


「あの生き物は?」


「あれは邪鬼ですね」


 手足の生えたサンマ。

 非常にキモイ。


 ……陛下はこいつもすごく熱心にご覧になっている。


 陛下はキモいのが好きなのか?




 そうして、色々な海の生き物を鑑賞して。


 マンオーウォーショーの時間まで遊んだ。

 そして


「はーい! マンオーウォーショーにようこそ!」


 マイクを持ったスタッフが、ステージの上で笑顔で挨拶をした。

 ……このショーはスリル満点で面白いって触れ込みだ。


 ステージの前には深い水槽。

 そこに、体長10メートルを超える蛸の魔物であるマンオーウォーが飼われている。


 何匹くらいいるのかね……?


「……アクロバティックなショーと伺ってますが」


 陛下も興奮していらっしゃるようだ。

 まあ、俺も楽しみではある。


「俺も見たことは無いのです。すみません」


「そうなんですね」


 そうこうしているうちに、ショーがはじまった。


 水槽……プールから複数の蛸の触手が伸びて来て、スタッフを巻き取って。

 そのスタッフでキャッチボールをはじめた。


 ボールにされているスタッフは、笑顔のまま、投げられながらくるくる空中で姿勢制御し、パフォーマンスしている。


 おお……!

 これは確かに見ごたえがあるな。


(……久美子と一緒に見たかった)


 それを俺はふと、考えてしまった。

 ……いや、これはよくないな。


 陛下をもてなさないといけないときに、例えもう事実上配偶者と言っても差し支えないといっても。

 他の女性のことを考えるなんて。


 理屈の上ではそのはずだ。

 あまりに不敬。


 でも……


 ものすごく、申し訳ない気持ちになる。


「ありがとうございます藤井君。とても楽しいです」


 陛下は笑顔を向けてくださる。


 ……その笑顔が、今の俺にはとても辛かった。

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