第49話 親父に連絡

「久美子」


 翔子さんとの会話が終わったみたいなんで、俺は話しかけた。

 彼女は振り返って、駆け寄って来る。


「何? 大河?」


 ……あの日以来、彼女の言葉から敬語が消えた。

 俺に対して、だけだけど。


 ……これが気になる。ゾクゾクする。

 あのときの行為で、彼女との魂の位階が同じ位置に変動した。

 そんな風に感じられて。


 嬉しい。

 幸せになる。


 そして


「ああ、ちょっと訊きたいことがあって」


 そう言いかけて……

 ふと、思う。


 父親にキミのことを話して良いだろうか?


 いや、ダメだろ。これは。

 話したらNGだ。


 キモい。


 ……とはいえ。

 訊きたいことがある、と言った手前

 何でもない、とは言えない。


 彼女は何を言われるのかと期待しているような目で俺を見上げている。


 ……数瞬考えて……


「翔子さんと何を話してたんだ?」


 ……うーん、これもひょっとしたらキモいかも。

 すると


「……準備かな。まぁ、言ってみれば」


 ……準備?

 何の?


「……準備?」


「そう、準備」


 そういう彼女の顔は、とても楽しそうだった。




 宿舎に帰って来た。

 部屋に戻って電気を点ける。


 テーブルひとつ、座椅子ひとつ、ベッドひとつ。

 あとテレビ。

 あまりモノが無い部屋。


 ……この部屋、1人で住むには広いんだよな。

 男所帯だけど、特に散らかってはいない。

 魔力に溺れて自分のことをキチンとできない男……

 そう言われるのが嫌なので、家事関係は可能な限りキチンとやったんだ。


 ……掃除がしんどいんだよなぁ。

 一人暮らしならワンルームで十分なんだよな。マジで。

 四天王抜擢で部屋のレベルが上がるって、最初は喜んでたんだけどさ。

 とんだ目論見違いだった。

 まぁ、前の部屋のユニットバスは嫌だったけど。


 ふたりでやれば、楽になるんだろうか。


 どうなのかな……

 俺が全部家事を押し付けられたりして。


 ……いやいやいや。そういうのは失礼か。

 久美子に。


 まぁ、本当に結婚できるかどうかはまた別問題だとは思うけど。


 荷物を床に置いて、仕事着の制服を脱いでハンガーに掛ける。


 で、部屋着のスウェットに着替えて。

 携帯端末から電話番号を呼び出す。


 で、ベッドに腰を下ろして親父に掛けた。


 呼び出し音の後、繋がる。


「もしもし父さん?」


『久しぶりだな。仕事はどうだ?』


 本当に久しぶりに聞く声。それに俺は


「ん、正直キツイところはあるけど、なんとかやってるよ」


 すると


『……で、何の用だ?』


「実は、子供が出来た」


 これは言っておかないと。

 現在、確定で2人、未定を入れると3人。

 そのうち、おそらく確定で俺が育てることになる子供が1人。

 翔子さんの子は、俺が引き取る。これは決めているから。


 すると、電話の向こうで息を呑む気配があった。


『何でだ? ……無責任なことをやったのか?』


 ……怒りを抑えている雰囲気があった。

 まあ、親父も士族だしな。こういう一見だらしない行為って許されないと思うし。


 だから俺は言った。


『いや、誓って無責任なことはしてない。それだけは信じて』


 そう返すと『じゃあ何でだ?』と言われたけど。


「それは絶対に言えない事情がある」


 そう返す。

 守秘義務が、とは言わない。

 これで伝わらないならそれまでだ。


 すると


『分かった』


 ……親父。

 俺は父親に感謝した。


『用はそれだけか?』


「いや、あとひとつ」


 俺は、久美子のことを話す決心をした。


「……実は、まだ決まってないけど、俺と結婚したいと言ってくれる女性が現れた」


 するとまた、息を呑む気配が。


『どんな子だ?』


「とても賢い女の子だ。俺を仕事で助けてくれる」


 そして


「俺のことをよく見てくれる」


 俺が彼女に対して思っていることを口にする。

 すると親父は


『お前の話だけじゃ分からんからな。できることなら一回連れて来なさい』


 ……親父の声は、ちょっと嬉しそうだった。

 俺がやっと、一人前になったと思ってくれたんだろうか?

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