第40話 進美のチカラ

「ピクル! ウット イス ゴゴ ニンゲン ミラ イーガ!」


 叫び声が上がったんだ。

 誰だ!? と思った。

 そして一瞬後、気づく。


 ……角丸だ。


 振り返る。


 ……頭を押さえながら立ち上がり、憎悪に染まった目でこちらを睨み据えてくる角丸が居た。

 そして角丸は、ニヤリ、と邪悪な笑みを浮かべる。


 こいつ今、魔界語で何か言った。

 何を言ったんだ……?


 分からない……!

 だが


 それについて

 俺は直感的に理解できてしまった。


 こいつ今、久美子を殺せって言ったんだ!


 だから、俺は……


 角丸を睨み据え、こう言ったんだ。


「角丸! 今の命令を取り消せッ!」


 意思の力を込めながら。


 そして角丸は


「ピクル! クゼン メント リア!」


 即座に魔界語で叫んだ。

 それと同時に、魔族男性は角丸を振り返って、怪訝そうな顔をした。




 リビングの外で。


「……血が凍りました。ありがとうございます」


 久美子は青ざめていた。

 震えていた。手が。


「……外に居る女を殺せ、って言ったんです。角丸」


 やっぱり、そうだったんだ。


 そう思いながら、俺は震える彼女をそっと抱きしめた。

 ……まあ、こうなるよな。

 戦闘能力無いんだから。


「まあ、良かったよ。助かったんだし」


 俺はリビングを見る。

 ……俺が洗脳した角丸の言葉で、自分の認識が間違っていたと知った魔族男性と、その傍で虚ろな目で佇んでいる角丸。


 ぎりぎりの状況で、転写が起きたんだ。

 進美の魔力の転写が。


 ……進美。


 俺は、自分の子供を身籠ってしまった、あの小柄な少女のことを想った。




「全く何の正当性も無い汚れた国に住んでいて恥ずかしいと思わないのか君たちは!?」


 洗脳を解かれた角丸が、ギャアギャア騒ぎながら手錠を掛けられてパトカーに乗せられている。


 大量に警察車両が集まって来ていた。

 俺たちが俺たちの仕事をしているとき。

 進美は進美で彼女の仕事を終えていたのだ。


 捕まっていた若い女性たちを解放し、屋敷を脱出させ、警察に連絡を入れた。

 そして警察がやってきて……


 こうなった。


 角丸は逮捕。

 屋敷の中で生活していた魔族派の活動家たちも、拉致監禁と婦女暴行幇助未遂の罪で逮捕。


 活動家たちは「俺たちは善なのに!」「この世に正義は無いのか!」などと喚きながら連れていかれた。

 ……どうしようもないな。


 そして魔族の男性は、この状況で今度こそ久美子の説明に納得してくれたので、一件落着となった。




「……進美」


 そして俺は、パトカーが流れていく様子をひとり見つめている進美を見つけ、駆け寄る。

 進美は俺を振り返った。


「……魔族との戦いになったそうじゃねえか。大河」


 進美の声は、何故だか優しかった。

 俺は彼女の言葉に頷きながら


「ああ……危ないところで」


 転写が起きたから助かった。

 そう、彼女に告げた。


 耳元で。


 その言葉を聞いたとき、彼女が「え」と言ったのを俺は聞いた。


 そっと、マスクを奪い取った。

 どうしても、顔が見たかったから。


 ……戸惑っている表情だった。

 今、この女性は俺の子を身籠っている。


 どうしようもなく、愛おしくなってくる。

 衝動的に、抱きしめてしまう。


 ……彼女は、抵抗しなかった。


 そして


「……オレの腹の中に、オマエのガキが居るんだな……」


 そう、自分のことを確認するように、呟く。


 その言葉に


「できれば産んで欲しい……俺のエゴかもしれないけど」


 そう、彼女に告げると


「堕胎ろさねえよ。心配すんな……それに、責任取って結婚しろなんて言わねえから安心しろ」


 笑い交じりの声で、そう言われた。

 ……彼女の言葉がどこから来るのか。


 それはきっと、コイツがマスクをし続けている理由と一緒だ。


 こいつに心から笑えて、他人の目を気にせず生きれる道を与えてやりたい。

 そう思う。


 ……俺にそれができるんだろうか?

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