第35話 魔族派

「最近、若い女性の行方が分からなくなる事件が続いていたんだけど、その真相が魔族派の連中の犯行だと判明したのよ」


 翔子さんが資料を手に、今回の仕事の説明をしてくれていた。

 彼女の背中には幟が立っていた。

 ……彼女が妊婦である証。


 翔子さんは言っていた。


「今後しばらくは私は作戦行動からは外れるわね。……おなかの子供のことがあるから」


 でも、私がいない間は、藤井くんがなんとかしてくれるわ。

 お願いね。藤井くん。


 そう、お願いされた。


 ……無論だ。

 そんな翔子さんの決断は俺の願いでもある。

 子供の父親なんだから、応えないと。


「魔族派か……」


 資料を眺めながら、進美。

 その顔は特に不快そうだった。


「こいつら、すっげえクズだから嫌いなんだよ。まぁ、反社のヤツにはろくなのがいないんだが、こいつらは別格だよな」


 吐き捨てるように。

 まぁ、進美の意見には俺も同意する。


 魔族派……正確に言うと「魔族国土返還派」

 連中の主張は、この国が成立したことがそもそも間違いだ。魔族から奪った土地を魔族に返そう。

 そして我々は魔族に詫びて、新天地を目指すか、対価を払って共存させて貰おう。


 ……こういうやつらだ。

 今まで、2000年以上の歴史を積んだ地球帝国という国家からの恩恵を受けておきながら、その国家を否定する。

 クズだ。


 赤い牙のやつらより酷い。

 あいつらは一応民主化された新しい地球帝国の後継国っていう理想がある。

 実際は、ゴミみたいな理想だとは思うけど。


 だが魔族派のやつらは違う。

 あいつらは絶対正義を気取って酔いしれたいだけ。

 魔族に国土を返すということの意味を全く理解してない。

 だから、この国の人間で、真っ当に生きている人々は皆こいつらを毛嫌いしている。

 それもあるのか、連中の過激派がたまにこういう事件を起こす。


 意味不明のことを喚くだけならまだしも、正真正銘の犯罪行為を行うんだ。


 ……この「女性の行方不明事件」

 黒幕は魔族派だったのか。


「……監禁されているんですか?」


「ええそうね」


 翔子さんは頷く。


「……何のために攫ったか分かってるんですか?」


 手を挙げて、久美子。すると


「……どうもね……」


 女性に、魔族の子供を産ませようとしているみたい。


 そんな翔子さんの言葉に


「は……?」


 あまりにも無茶な話で言葉が継げなくなってしまう。

 メチャクチャだろ……


 そりゃ姿はかなり似てるけど、全然違う生き物なのに。

 特に妊娠期間が全然違うから、仮にハーフが作れたとしても、胎児の成長がエグいことになるだろうから


 ……妊娠させられた女性、無事じゃ済まないんじゃないのか?


 ホント、人間のことはどうでもいいって考えている連中なんだな……

 なんとしても、助けないと。


「……相手の魔族の男性はどうやって確保したんでしょうか?」


 久美子がそう、当然出てくる疑問に対する質問を続ける。


「……ハッキングをね、受けたみたいなのよ。石油関連施設の情報に関して」


 ああ……こないだの。

 で?


「それで……」


 魔族がチョコレートで懐柔されたらしい、という話をそこから拾ったようだ。

 魔族に甘いものを代償で与えると、取引が可能になる場合がある、という事例を。


 で、やってみたら……1人の魔族男性が引っかかったんだと。


 ……甘いもの……あまり頻発するようになったら、甘いものが規制されるみたいなことにならないか?

 どうなんだ……?


 前に聞いたときはちょっと戸惑ったけどさ。

 甘いもので考えてしまうっての、刑務所の話を思い出したら頷けなくも無いんだよな。

 甘シャリって言って、別格扱いらしいし。刑務所でも甘いもの。


「……首謀者は?」


 そんなことを考えつつ、俺は一番肝心な情報を聞く。

 資料には名前しか書いて無いから。


 翔子さんは言った。


角丸義文かくまるよしふみ……華族の男よ」




「よりにもよって華族かよ」


「一番、この国の恩恵受けてる身分だろ。しかも、魔力保持者じゃないなら、転写の義務も無いくせによ」


 俺の愚痴めいた言葉に、憤慨している進美が応じてくれた。

 そんな俺たち2人に対して久美子が


「……魔力保持者じゃないから、それが劣等感になっていたのかもしれませんよ?」


 それにちょっとだけ、ハッとした。


 ……なるほど。

 それは一理あるかもな。


 華族という身分に俸給が出るのは、おそらくその理由の大部分が「転写のときの人員候補としての安定供給層確保」なのは間違いないと思うから。

 魔力保持者じゃない、というのは、その最大の使命から外されているのと同義だ。

 そのための階級なのに。


 ……華族としては辛いのかもしれないな。

 まぁ、全く許すつもりなんて無いけどな。


 ……そんなことを、華族・角丸の屋敷を前にして考えていた。

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