第30話 宣戦布告

 良かった……。

 俺の子供は、殺されなくて済むんだ……


 ただ、それだけで嬉しかったし、それだけで俺は翔子さんに感謝した。


 翔子さんは用事があるらしく、そのまま去っていった。

 俺は一人、ポツンと残される。


 ……そこに


「……藤井さん」


 俺は振り返る。


 俺の後ろに、ひとが立っていた。

 俺と同じ四天王の制服に身を包んだ女性……


 山本さん……

 彼女がバツの悪い、複雑な表情で立っている。


 まずい……


 すっげえ、みっともないところを見られてしまった……


 涙を拭いて、立ち上がる。

 そして


 無理があるけど、呼びかけられたのに気が付かなかったふりをして、立ち去ろうとする。


 すると


「……藤井さんって、自分の子供を愛せる人だったんですね」


 ……俺の背中に、そんな言葉を投げかけられた。

 俺の足が、止まる。


 そんなの……当たり前だろ……?


 俺は振り返った。

 だけど……

 そのときには、彼女はここを立ち去っていた。




 自分の子供を愛する。

 それは、俺の中では当たり前だった。


 ……何故って、愛している女性に産んでもらうんだから。

 それが当たり前だ。これがおかしいなんて、言う方がおかしい。


 それなのに、山本さんは……

 意味が分からない。


 そりゃ、セックスが目的で、子供なんて知らん、なんて男がいるのは事実だ。

 だけどさ。

 普通の男はそうじゃない。少なくとも、俺の中ではそうだ。


 ……モヤモヤする。


 そんな風に、心に蟠りがあるときは、それをぶつけるように重いものを持ち上げると、成績が伸びやすい。


「ふん……!」


 王城のジムで、ベンチプレスの台で重いバーベルを持ち上げる。

 とりあえず、予想通り150キロは結構余裕で出来るみたいだけど……


 念動力のイメージに影響する筋力。

 大胸筋じゃあ、多分無いよな……


 荷物を運ぶ、というイメージが重要なんだし。


 ……デッドリフトの方が良いかもしれないな。


 身を起こし、汗の後始末した後。

 デッドリフトをしに行こうと、そのコーナーに向かおうとしたとき。


「……藤井さん」


 トレーニングに向いた、白いシャツと黒いスパッツの様なパンツを穿いた眼鏡女性……山本さん。


「……えと、何の用?」


 ちょっと慌てた。

 折角トレーニングに逃げて、現実逃避したかったのに。


 すると


「藤井さん……私は藤井さんがとても素敵な男性だと思います」


 ……え?

 突然、そんなことを言い出してくる山本さん。

 俺は対応ができなくて、固まってしまった。


 そこに、彼女は続ける。


「……本当に、小石川さんのことが好きだったんですね」


 また、あのときの話を引っ張るのか。


「……そうだよ」


 正直、俺はイライラしていた。

 既婚者に入れ込むなんて、絶対だめだ。

 それくらい知っている。


 のめり込むのは、理屈を立てて行動できない本物の馬鹿だ。


 俺は翔子さんに心底惚れていたし、転写のためとはいえ、彼女とセックスできたのは嬉しかった。

 だけど


 俺が本当に欲しかったのは、彼女の身体じゃなくて、心だったんだよ。

 それがさ、転写が済んでこの関係が終わったとき、自覚した。


 これでもう翔子さんとセックスできなくなる。

 そんなことよりも。

 彼女の気持ちが結局手に入らなかった。

 これが辛かったんだ……。


 俺は彼女と一緒に生活して、人生の課題を一緒に考えて貰いたかった。

 そっちが、欲しかったんだ。


 でもそんなのは妄想で、俺の勝手な欲望なんだよ……

 最初から叶うわけがないわけで……


 何をショック受けてるんだ、という話。


 すると


「……これから、藤井さんは私のことも妊娠させるわけですよね」


 いきなり、山本さんはそんなことを言い出す。

 ……一体何だ?


 そりゃそうだ。

 言ってやる。


 キミの魔力は念動力とおそらく死ぬほど相性がいい。


 使い魔を飛ばすときに、五感を使い魔と共有できる。

 使い魔が見た光景を、そのまま感じ取ることが出来る。


 そして念動力の射程は視界。

 しっかり視認できるものなら、どれだけ離れていても動かせる。


 つまりだ……


 キミ、言ったよな?

 使い魔はハエくらいまで縮めれば、5キロは射程が伸びるって。


 ということは、念動力の射程もそこまで伸びるってことだ。

 あと、ひょっとしたら使い魔に火炎使いの魔力を使わせることが可能かもしれない。


 魔力同士の掛け算で、恐ろしい強さに跳ね上がるんだ。


 だから、絶対に転写を成功させないといけない。これは確定事項だ。


「ああ……」


 俺は認めた。

 否定する理由なんか無いからな。

 そこを逃げるつもりはない。


 そんなことは当たり前だろ?

 何故今、そんなことを言うんだ、山本さん……


「つまり、私と絶対に将来セックスをします。これは避けられません。私もそれは覚悟を決めてます」


 ……だから?

 俺は彼女が何を言いたいのかよく分からなかった。


 すると


「……藤井さん、優しい方ですから、そのときに小石川さんとセックスしてるつもりで、私とセックスしてるんじゃないかと悩むんじゃないですか?」


 ……山本さん、ちょっとだけ声が硬くなった。

 言ってる内容、衝撃的だったし。当然かもしれない。


 そして俺は


 ……否定できなかった。

 やりそうだ、と俺は自己分析していたから。


 俺の表情が強張ったのを、彼女は見逃さなかったようで。


「……図星ですよね。でもね、良いんですよ」


 そう言ったときの山本さん、顔が少し寂しそうで。

 そして再び目の力が強くなり


 こう、言ったんだ。

 らしくない、不敵な笑みを浮かべながら。


「……小石川さんの代替で仕方なく、じゃなく、山本久美子を抱けて幸せだ、って言わせれば問題ないんですし」


 宣言。

 その宣言に、俺は言葉を失っていた。

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