3章:佐倉進美

第29話 俺の想い

 翔子さんが俺の子供を身籠っている。

 それをこの間の仕事で知るに至った。


 ……嬉しい。


 大っぴらには言えない。

 でも、それが俺の正直な気持ちなんだ。

 心底惚れぬいた女性に、自分の子供を身籠って貰えた。

 それは、喜びでしか無いんだ。


 ……でも。


 翔子さんとしてはどうだろうか?


 それは絶対、辛いはずなんだ。

 一応、翔子さんは俺とのセックスに踏み切ってくれたけど。

 それは単に「俺は仲間足りえる人間である」と確信してくれたから、に過ぎない。

 そして。

 人間は普通、そんな関係性で子供を作ったりしない。

 それでも子供を作ったのは、ただ単に「そうしないと目的が達成できないから」

 

 ……翔子さんはどうするだろうか?

 これから。


 それを俺は考えた。


 翔子さんにとっては、きっとおなかの子供は「男として好きでもない男の子供。旦那さんに対する悲劇の象徴」それに違いない。

 だから……ひょっとしたら……


 翔子さんは、堕胎するかもしれない。


 馬鹿な、ありえない。

 そんなことを思うのは、男の妄想だ。


 堕胎は子供を殺すことだから、殺人と一緒。

 そういう感想は、周囲の人間の勝手な意見なんだよ。


 なんで男として好きでもない男の子供を、妊娠したからと絶対に産まないといけないんだよ。

 おかしいだろ。


 しかも遊びのセックスの結果じゃ無くて、やむを得ないセックスの結果だぞ?


 それは実質、性暴力の被害の結果でも産めって言ってるのと一緒だ。

 そんなの、おかしいだろうが。


 だから産む産まないは、やっぱり女性に選択権があるはずなんだ。

 優しい女性は、それでも「これは殺人である」と思うかもしれない。

 でも、そういう思考を女性に強制するのは違うだろう。


 特に、翔子さんはすごく出来た女性だ。

 そんな女性が選んだ旦那さん。


 旦那さんへの愛を貫くために、翔子さんは鬼になるかもしれない。

 無いとは言えないんだ。


 だけど……


 俺は……産んで欲しい。

 翔子さんとの子供が欲しい。


 だから……


 俺は王城を走った。

 走って、探した。


 翔子さんを。


 そして……


 王城の正門付近で、俺は翔子さんの姿を見つけ。

 駆け寄って……


 土下座した。


 周囲に人がいたけど、構うもんか。

 絶対に聞き入れて貰うんだ。


 俺はこう言った。


「翔子さん! お願いです! 子供を産んでください!」


 恥も外聞も無かった。

 どうしても、欲しかったから。


「無論、俺が責任をもって育てますから! 安心してください!」


 金銭面の支援は国がしてくれるから、お金で困ることはない。

 後は人の親になる覚悟だけだ。


 俺は欲しかった。

 生まれてはじめて心から惚れぬいた女性が産んでくれた子供が。


 ただ


「ただ、申し訳ありませんが、子供に「お前は俺が心から好きになった最高の女性に産んでもらった子供だ」って教えることは許してもらえませんでしょうか!?」


 ……これは認めて貰いたかった。

 子供に「お前は望まれて生まれてきたんだ」って言ってやれないの、酷過ぎるだろ。


 そう、俺は一方的に翔子さんに自分の想いを打ち明けた。

 心に秘めていた想いを、打ち明けてしまった。


 ……言うつもりはない、なんて言ってたのに。


 最低だ……!


 ただ、もうどう思われても良い。

 そんなことよりも、俺の子供だ。

 子供のことを考えないと。


 そう、俺が自分の発言や、翔子さんのために思っていたこととの違いを比較して、自己嫌悪を覚え自己批判をしていると。


「……藤井くん、顔をあげて」


 ……翔子さんの声が。

 とても優しい声が、俺に掛けられた。


 俺は顏を上げる。


 そこには……


 静かに微笑んでいる翔子さんと。


 その手に持っている……母子手帳と……のぼり


「私は妊娠しています」という文字が書かれた、この国の妊婦の標準装備……。


 ということは……


「ちゃんと産むから、安心して。藤井くん」


 笑顔で翔子さんは言ってくれた。


 それを受けて……


 俺は泣いた。

 ……うれし泣きだった。

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