第25話 泣いてたんだよ

「藤井さん、ちょっと一緒に図書館に付き合っていただけますか?」


 その日、王城に備え付きのジムでトレーニングを終えた後。

 山本さんに声を掛けられた。


 彼女、司書だったから基礎体力が俺は当然として、翔子さんと比較しても劣ってるのをこの間の魔界での仕事で思い知らされて。

 いくらなんでも拙いだろうと、基礎体力の向上を目的に、鍛えはじめたのだ。


 俺は懸垂だとかラットプルダウン、あと踏み込みのための脚の筋肉の強化。

 目的を持って黙々とメニューをこなしていたが。


 彼女はひたすら走っていた。

 ランニングマシンで。


 ……まあ、走るのは基本ではあるんだけど。


 ジム使う必要ないよな、と思わないでもない。

 走るだけなら外を走るだけでもいけるしな。


「いいけど、いつ行くの?」


 そう、返す。

 彼女とも信頼関係を築かないといけないし。

 お誘いは断るわけにはいかない。


 俺がそう返すと


「明日は大丈夫ですか?」


 そういう彼女は、どこか嬉しそうだ。

 その笑顔を見て……


 ……そのとき、翔子さんの泣き顔を思い出し。

 俺は内心沈んでしまう。


 ……実は昨日、翔子さんの危険日の最終日で。

 予定通り、避妊無しでセックスした。


 俺の相手を務めてくれた翔子さんは、俺に抱かれながら俺を肯定してくれたけど。

 彼女との行為で、俺に限界が来たとき。

 そして彼女の最奥で、自分の精を放ったとき。


 ……ふと、彼女の顔を見たら。

 泣いてたんだよな。


 ……分かり切ってたことだから、ショックでも何でもないはずなんだ。

 そうに決まってるんだから。


 本来は絶対に拒否したいことを、身分による責任で、受け入れた結果なんだよ。

 それを突き付けられて。


 ……凄まじく沈んだ。


 その反面、俺の中の雄の部分は、自分の望んだ女性に妊娠に繋がる行為を行えたことに対する喜びで。

 本能の部分で、凄まじい満足感があった。


 ……人間も動物で、こういうの、どうしようもないんだな、と。

 自己嫌悪に陥った。


 ……この仕事を始める前は、旦那さんに対する申し訳の無さで泣いてしまう、そこが障害になるかも。

 そんな綺麗事を言っていたけど。


 やってしまうと、自分と彼女のことばかりで、相手の旦那さんに思いを馳せること、全然してない。

 なんか最低だ……


「藤井さん?」


 ……おっと。

 思わず思考に嵌ってて、現状を無視していた。


「ゴメン、ちょっと思考が逸れてた。明日だっけ?」


 無論、いいよ。

 そう彼女のお誘いに返答する。


 すると


「そうですか! 色々私、知りたいことありますから、よろしくお願いしますね」


 山本さんは本当に嬉しそうにそう言ってくれる。

 ……心の中は見えないけど。


 彼女はどう思っているんだろうか?


 彼女だって、国防に穴を開けるのが拙いから、っていう理由で、この仕事に参加したんだし。

 必死で今、俺に好意を持とう、俺に惚れていると思い込もうとしているのかな?


 ……まあ、今はこういうこと、考えるべきじゃないのかもしれないけど。

 それにもしそうだったとしても、それは非難されることじゃないし。

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