第21話 翔子さんの2つの魔力

 尻尾を失ったキマイラが、憎悪の籠った目で俺たちを見据える。


 俺と、山本さんの使い魔と、翔子さんと。


 3者、目の前の魔物を処理するために魔物の出方を伺っていた。


「サト イア ワト カン イカリ……」


 キマイラは山本さんを見ながら何か言ってる。


 ……なんとなくだけど。

 あいつ、山本さんがあいつの発言理解してることに気づいたのか?


 だとしたら……


 俺は飛び出した。

 あいつと、山本さんの直線上に。


 すると


 コオオオオ


 という音の後に。

 爆発に似た音が鳴り。


 あいつのライオンの口から、獄炎の塊が吐き出された。

 

 まずい! ファイアブレスか!


 俺が、場合によっては痛みはあるが無効化できるのは、物理攻撃のみ。

 火炎攻撃は専門外だ。


 喰らえば普通にダメージを受ける。

 それも深刻な大火傷だろう。


 だけど、そんなものを女性に、山本さんに喰らわせるわけにはいかない!


 だから俺は動かなかった……いや、動けなかったんだ。


「藤井さん!」


 山本さんの声。

 俺は深刻な負傷を覚悟する。


 そのときだ。


 その俺の、さらに前に飛び込んでくる影があった。


 ……翔子さんだ。


 俺は絶句する。


 一体、あなたは何をやってるんだ……!


 炎が迫る。

 避けようがない。


 ……間に合わない!


 そして次の瞬間。

 炎が翔子さんを飲み込み……


 ……弾かれた!


 いや……炎が、翔子さんの目の前すれすれで、何かに阻まれて、散っていた。

 これは一体……?


「……私の魔力のひとつが、火炎使いなのよね……」


 だから私は、火炎によって傷つくことは無いの。

 そう、淡々と教えてくれる。


「そしてもうひとつ。これは、夫から貰った魔力……」


 言いながら、彼女は自分の腰の後ろに手を回す。

 そこには……


 2本の短剣の鞘があり。

 

 彼女は両手でその2本の短剣を抜き放つ。


 そして


 それを空中に投げ上げて……


「……念動力よッ!」


 宙を舞う抜き身の短剣が、ピタリと止まる。

 その次の瞬間、急加速し、まるで矢か光のように、まっすぐにキマイラの山羊の頭に吸い込まれていく。


「アギャアアアアアアア!」


 そしてその両目に短剣の束を生やした山羊頭は、悲鳴をあげて悶え苦しむ。


 キマイラの動きが停止する。


「藤井くん、今よッ!」


 ……はいッ!


 俺は踏み込んで、キマイラに急接近し。

 

 まずその前足を2つとも斬鉄剣で切断。

 前足を失い、前に倒れるキマイラの、ライオンの顔面を大上段からの斬り下ろしで真っ二つにし。


 悶え苦しむ山羊の頭を横薙ぎの斬撃で斬首すると、キマイラはそこから動かなくなった。


「……お見事。流石だわ藤井くん」


 俺の仕事を翔子さんが労ってくれる。

 誇らしい気持ちになる。


 いい気持ちのまま、俺は斬鉄剣を鞘に納めた。


「藤井さん、ありがとうございます」


 納刀し、戻ってくると山本さんに頭を下げられる。

 そんな


「実際に庇ったのは翔子さんだから筋違いだよ」


 そう、俺が庇ったんじゃない。

 翔子さんが動いてくれたから、無傷で済んだんだよ。


 俺の成果じゃない。


 そしたら


「……そういうことを言うもんじゃないわ」


 脇から、翔子さんが俺を咎めた。

 ええ……?


「最初に山本さんの安全に気を回したのはあなたでしょ。その根本的な善意を見抜いて、お礼を言ってるのよ彼女は」


 だから

 翔子さんは続けてこう言った。


「そういう、真っ当な善意を謙遜するのは間違いよ。何故って、結果が出なかった善意は感謝しなくていいということに繋がるから。……気をつけなさい」


 ……まるっきり、子供に注意する感じだな。

 激しく、凹む。


「藤井さん、落ち込まないでください! あなたは何も間違って無いんですし!」


 そんな俺を、山本さんはさらに励ましてくれた。

 ……ありがとう。

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