第19話 魔界の中へ

「魔族がね、出て来たそうなのよ」


 資料の内容を翔子さんが読み上げるような調子でそう言った。


 起きている問題。

 それはこんな感じらしい。


 チョコレートを提供する見返りに、無事に稼働している石油採取のための施設。

 そこに、何故か魔族が現れた。


 貫頭衣。

 ピンク、青、緑といったカラフルな頭。


 どっからどう見ても、魔族。


 職員は怯えてしまった。

 この石油関連施設の周囲に、とびきりヤバい怪物が現れた、って。


 チョコレートの受け渡しは別でやってるので、本気で意味が分からない。

 怖い。


 ……彼らは腹が減ったという理由で、通りすがりの人間を捕食してしまう生物だ。

 つまり、危なくて近寄ることが出来ない。


 ……一体なんのつもりなんだろうか?


「チョコレート エタ トス エルト」


 ……何か言ってるんだけど、魔界語のリスニングが出来ない人間ばかりで。

 会話が出来ない。


 困った。

 もしかしたら、色々あってお前ら全員肉にすることにしたから。

 ……こんなことを言ってるかもしれない訳で。


 そういう事情で、話が皇帝陛下にまで昇って来たそうだ。


 ……え?

 リスニングができないなら、筆談すれば良かったのに?


 ああ、それは無理なのな。


 実は魔界語って、文字が無い言葉なのよ。


 だから、辞書はあるんだけど、単語は全部カタカナで表記されてるんだわ。

 残念。(だから、実は魔界語の読み書きはできるってのは、大して役に立たないんだ)




「魔界じゃオレの魔力は使えないから、オレは今回留守番しとく」


 進美がそう、なんともなしな調子で言った。

 ……だよな。


 魔界じゃ日本語通じないもんな。しょうがない。


「進美さんの分も、私たちが頑張ります」


 言って、拳を胸の前で構えるガッツポーズをとる山本さん。

 彼女、魔界語のリスニングは大得意だそうで。


 正直、期待してる。


「……この間の立てこもり事件ではまるで活躍できなかったから、取り返すわ」


 腕を組んで、有言実行という顔つきで宣言する翔子さん。

 俺も手伝いますから。




 そして。

 列車に乗り、車を使って。


 辺境の奥。

 問題の魔界の入口にまで到達した。


「ここから約半日歩くと、石油の関連施設にまで辿り着けます」


 同行している石油施設の職員の人。


 ……歩くのか……なかなかキツイな。


「ヘリは無理だったんだね……?」


 そう、問い返すと。


「ヘリは元々無理です。飛行する大型の魔物に襲われる可能性ありますし」


 ……そうなんだ。


 ちなみに、いつもなら装甲車両を使うそうな。

 今回は、魔族が敵対している可能性あるから、使用できないらしいんだけど。


 ……厄介な。




 そして、俺らはひたすら歩く。

 岩だらけの荒野の道を。


 体力面も強化される魔力だから、俺は楽なんだが。

 そうでない方々は簡単にはいかない。


 翔子さんは華族だから、運動習慣があるのか。

 まだまだいけそうなんだけど。

 山本さんは元々司書で、平民だから。

 体力自慢では無いようで。


 ちょっと苦しそう。


「大丈夫か?」


 傍に寄って、訊く。

 すると


「大丈夫です」


 そんな返事。

 うーん……


 背負ってる荷物、バックパック。

 代わりに背負ってあげたいけど……


 そうすると、俺の手が片方塞がるから、急に戦闘がはじまったときに困るしな……。


 ん? 戦闘?


「……なあ?」


「……はい?」


 ……ひょっとしたらすごいアホなことを訊くのかもしれないけど。


 訊かずにはいられなかった。


「その荷物、使い魔でなんとかなんないの?」


 そう、言ったら。


 山本さん、目を点にして。

 そして、ポンと手を打って。


「ああ!」


 ……おい。

 完全にトラブルが起きたときの奥の手みたいな認識で居たんだな。


 まぁ、気持ちは分からなくも無いんだけど。




「もっと早くにこうしておくべきでした。気づかせてくださってありがとうございます」


 言って。

 影使いを発動させて。使い魔2体呼び出して。


 山本さん、巨漢状態の使い魔のひとつにバックパックを持たせて。

 もう1体を、馬のように変形させて跨っていた。


 これで楽ちんか。


 ……いやね。

 俺のネメアの獅子、常時発動でも大してしんどくないのに。

 山本さんの影使い、そんなに負担があるのかなぁ、って。

 そう思っただけなんだわ。


 まぁ、良かったよ。


 ……結果、良い方に転んで本当に良かった。


 そう思って、俺も先に行こうとしたら


「藤井さん」


 馬上の山本さんが、俺の名を呼んだ。


 ……なんでしょ?


 振り向くと、彼女は


「……小石川さんだけが女性じゃ無いんですよ?」


 そう言って、俺に微笑みかけてきた。

 すごく、綺麗な笑顔だった。


 ……節操ないかもしれないが、ドキッとした。

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