第17話 翔子さん

 隣からすごくいい匂いがした。

 隣に女がいるんだ。


 俺とのセックスに同意してくれた女が。


 しかも……とびきりの美女が。


 俺だって、ガキの時分にはたまに女とセックスする夢は見たことがある。

 夢の中の出来事だけどな。


 その夢が、今隣にある。


 ……だけど。


 俺は動けなくなっていた。


 理由はいくつかある。


 ひとつは……単純に恐怖があった。

 これまでは夢に見つつも、やってはいけないことだとどこか罪を感じていた行為。

 いざ、許可を出されても、嬉々として動くのには躊躇いがある。


 あとひとつは……やっぱり相手が人妻であるってことだ。

 この人、もう他人のもので、加えて子供を産んでるから母親でもあるんだよ。

 そんな人の身体に手を出して、良いわけがないんだよ……


 そう思うと、俺は動けなくなっていた。


 ……俺の身体の方は、完全にやる気になっていたのだが。


「……大丈夫なのに、勇気が湧かないか」


 そしたら。

 突如、小石川さんが俺にそう言って来た。


 多分、俺がなかなか動かないから、ひょっとして俺が緊張のあまり不能になってるんじゃないのかと思ったのかな。

 で、見てみたらそうじゃないから。


 そこで、俺の状態を把握して、そう言ったのか。


「仕方ない」


 彼女はそう言って、動いた。

 動いて、小物入れの引き出しの上に放置していた自分の携帯端末を手に取って

 動画での撮影モードを起動して、自撮りを開始し。


 俺の腕を取り、その豊満な身体をくっつけて


 こう言ったんだ。


「イエーイ! 旦那さん見てる~? 今からアナタの嫁が~仕事で同僚とセックスしちゃいまーす!」

 

 何言ってんだこの人は!?


 俺はその行動と発言に彼女の正気を疑った。

 俺がアンタの旦那さんを思って、迷ってるのに。


 ……そう、思っていたら。


 彼女の携帯端末を持つ手が、震えていた。

 俺の腕を取る手も。


 ……そっか。


 大人の女の振る舞いをして、余裕を見せていたけど。

 この人も、使命でやってるんだな。

 喜んでしてるわけじゃないんだ。


 ……だったら。


 俺は


 考えることをやめて、そのまま彼女をベッドに押し倒した。

 その衝撃で、バスタオルが剥がれる。


 俺は、ベッドの上で全裸の女と向き合った。


「こ……小石川さん……!」


 俺の声が、上擦る。


 すると


 俺の行動に、呆気に取られたような表情をしていた彼女は。


 いつもの、大人な表情に戻り。


 こう言ったんだ。


「……翔子。言い直して」


 そう言って、妖艶に微笑む。


「翔子! ……さん!」


 言われて、衝動のままに呼び捨てしようとして。

 土壇場で日和る俺。


 それが、少しだけ不満そうだったけど。


 小石川……翔子さんは。

 フフッ、と微笑んで。


 俺の首根っこに腕を回し。


 その唇を、俺の唇に押し付けた。


 衝撃。


 俺は経験が無かったから、動けなくなる。

 そんな俺の様子を見て


「藤井くん、可愛いわね」


 そう、優しく耳元に唇を寄せて言ってくれる。

 そのまま


「……期待してるわ。頑張ってね」


 その瞬間。

 おれのなかで、なにかスイッチがはいった。




「……若いからすごいわね。こんなにできると思わなかった」


 俺の後ろで翔子さんの声がする。

 無論、裸のままだ。

 ちょっとだけ、息があがってる気がした。


 ゴミ箱に、片手で余る数の使用済みのゴムが捨てられている。


「藤井くんはスジがいいと思うわよ。あなた、私のことをちゃんと考えようとしてるものね」


 ……本当だろうか?

 そうだったら、嬉しい。


「……まあ、もっと練習しないとゴムを外すのは許可できないけど」


 悪戯っぽい声で、そう囁く。

 どうも後ろで身を起こして、俺にしな垂れかかっているらしい。


 ……背中に大きなものが、2つ押し付けられている感覚。


「だからもっと、頑張ってね。毎日練習しましょう……」


 さわさわ……と俺の身体を撫で回す。


 ……俺は単純な話で恥ずかしいんだけど……

 このとき、俺は翔子さんに惚れていた。


 人妻なのに。

 仕事で練習に付き合ってくれてるだけなのに。


 でも……惚れていた。

 この瞬間は……惚れていたんだ。


 だから……


 振り返って、今度は俺の方から翔子さんの唇を奪った。

 そしてまた、押し倒した。


「まだ出来るんだ!? すごいわね!」


 翔子さんは戸惑っているのか、期待しているのか、悦んでいるのか。

 抵抗しないで受け入れてくれた。


「……ゴムを外せるようになったら教えてあげるからね。……アナタ」


 その翔子さんの言葉は、俺の中の獣性に火をつけた。

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