第9話 本当にそれでいいの?

「山本さん、本当にいいの……?」


 キミ、平民だから別に強制じゃ無いんだよ?

 それなのに……


 すると彼女は俺を見て


「私が拒否したせいで、安全保障に穴が開くのはダメだと思います」


 そう、ハッキリ言ったんだ。

 続けて


「私が指名されたのは、私の魔力が最適だと思われたからです。ならば、候補者が拒否するたびに最適から離れていきます」


 ……ぐうの音も出ないド正論。

 その通りなんだが……だからと言って……


 女性にとって、妊娠出産って重要なものなんじゃないのか?

 

「……山本さんは……強いね」


 そう、言うのが精一杯。

 彼女は


「この国を守らないと、私の人生も何も無いでしょう」


 真顔で、何のためらいもなく。


 この人……すごいな。


 俺は……この人に対して、可愛い、なんて思ってしまったことを恥じてしまった。

 可愛いって言葉は、上から言う言葉なんだよ。


 この人にそんなことを言うのは……失礼過ぎる気がする。


「……で、オマエはどうなんだ?」


 そんな俺に。

 進美がそう言って来た。


 次は俺の番だってことか……


 ……俺は……どうしたらいい?


「ちなみにオレも平民だ」


 進美は平民……

 それが俺の心に重くのしかかる。


 平民女子が2人、こんな女にとっての苦行を受け入れている……


 俺はそんな状況で、断っていいものなのか?


 そこで……さらに


「……私の名前は小石川翔子こいしかわしょうこ。華族よ。そして……」


 金髪美女……小石川翔子は……

 宣言しながら、左手を掲げた。


 その左手薬指には


 銀の指輪が嵌っていた……!


「一度転写経験のある、既婚者よ!」


 な、なんだッてぇぇぇぇっ!?


 俺は驚愕する。


 人妻じゃん! しかも経産婦! 浮気になるだろ!

 合わせ技でどう考えてもアウトだ!


 これには山本さんも驚いていて


「だ、旦那さんは……?」


「夫は納得済み。華族の魔力保持者に生まれてしまった者は、全員これは覚悟しているからね」


 真顔でそのブロンドヘアを掻き上げながら。


 ……ぱねぇな。華族。

 夫公認のNTRって……

 国家から金貰ってるだけあるっていうか……!


 いやいやいや。

 ふざけている場合じゃ無い。


 平民女性が2人、義務も無いのにこれを受ける覚悟を決めてて。

 華族女性に至っては、義務はあるけど「人妻、母親」という立場を全く考慮しないでこの仕事を受ける覚悟を決めている……。


 この状況で、俺がこの仕事を拒否するのはどうなんだ?

 いや、これを拒否するのが、これまで俺が受けた権利と照らし合わせて無責任である、という面。

 これがあるわけだけど、それでも。


 そもそも、何故俺はこれを拒否したい?


 クズな意見ではあるが、進美はマスク被ってるから分からんけど、この転写に関わっている魔力保持者の女性は、皆美人だ。

 しかも、全員タイプが違う。

 そういう女性相手に、セックスできる。合法的に。大義の名のもとに。

 これ、拷問じゃ無くてご褒美だよな? 申し訳ないけど。

 

 ……じゃあ、何が嫌なんだ?


 答えは決まってる。

 単に俺は、罪を犯したくないんだよ。

 罪悪感を抱きたくないんだよ。

 特にさ、小石川さん。

 彼女とセックスしたら、おそらく俺、旦那さんに申し訳なくて、泣いてしまうかもしれない。


 でも……


 彼女たち、そんな俺よりずっと辛いはずなのに、この仕事に参加しようとしてるわけだ。


 それに……


 山本さんは言っていた。

 ここで断っても、別の候補者、つまり俺の次に候補に挙がってる誰かに話が行くだけ。

 この仕事自体は無くならない。

 加えて……


 その、新しく選ばれた誰かが、嬉々としてこの仕事を受けたらどうだろう?


 ……そっちの方が、彼女たちにとって不幸じゃないか?


 だったら……


「……分かりました」


 俺は、覚悟を決めた。


「俺も受けます。この仕事」


 俺は言ったのだった。皇帝陛下の玉座に向かって。

 皇帝陛下は俺の答えに、ニコリと笑って答えて下さった。

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