デジタルデトックス
「デジタルデトックスのすすめ……」
声に出して言ってみた。
部屋のベッドの上でぼんやりTwitterを流し見していた私は、フォローしてないそのツイートに目が止まった。《おすすめ》で表示されただけらしい。
昨日の夜、高校時代の仲良しグループLINEで、親友のミナミとケンカした。グループの他のみんなは全員既読スルーだったのもなんだか腹が立って、勢いでグループ退会した私は、暇を持て余していた。ミナミとは今日遊ぶ予定だったのだ。大学の友達も連絡したけれど、みんな予定があるらしい。暇。ひま。ヒマってストレス!
腕が疲れてきたので寝返りを打つ。窓から流れてくる初夏の風は気持ちいい。
デジタルデトックスの説明がそのツイートのツリーに書いてあった。デジタルデトックスとは。一定期間、SNSやスマホなどのデジタル機器から距離を置き、ストレスを軽減させること、らしい。
このツイートをした人はこれを二泊三日でやって頭がすっきりしたとか、疲れ目が治ったとか、肩こりが解消したとか、シワが薄くなったとか効果を絶賛していた。シワは関係ないんじゃないかな?
「ひまだし!遊ぶ相手いないし、デジタルデトックス!やってみようかな」
スマホを充電のケーブルに差し直し、ラフなTシャツとジーンズに着替えた。メイクも簡単バージョン。スマホのカメラ使えないから、パパに誕プレでもらってそのままにしていた〈写ルンです〉を持って行こう。「パパが若い頃はスマホ無いから、これで写真撮っていたんだよ」って言ってたな。
スマホをケーブルに差したまま〈写ルンです〉の使い方を動画で確認して、リビングでテレビを見ているママに
「ミナミと遊んでくるね。遅くなるかも」
そう言って家を出発!
どこに行こうかな、そういえば昨日SNSで見かけた鎌倉がよさげだったな。
自宅の最寄り駅から時刻表を見て(はじめてちゃんと見たかも)、念のため駅員さんに聞いて確認して鎌倉方面に直通で行ける電車に乗り込んだ。鎌倉着いたら何しよう。スマホで調べ……あ。置いてきたんだった。最初は手持ち無沙汰で、スマホに友達から連絡入っていたらどうしようとかみんなの投稿にいいねをすぐしないと!とか心配になったけど、一時間ほどするとどうでもよくなった。
JRの駅で今度は海沿いを走る江ノ電に乗り換えた。カメラで海を撮ったり、波打ち際を散歩したりしていたらお腹が空いたのでコンビニでパンを買った。砂浜の流木に座ってパンを食べていたら、空から急襲したトンビに盗まれて、それを見ていた地元のひとに近くの美味しいパン屋さんを教えてもらった。パン屋の隣、白が基調のかわいい雑貨店でキラキラしたブルーとパープルのビー玉で飾られた貝の形の小物入れを手に取った。「ミナミ好きそう…」
大きな水族館のすぐ近くのオープンカフェでスイーツとカフェラテを飲んでいると、水族館ではイルカショーをやっているのか、小さい子供たちの笑い声が外まで聞こえていた。水族館は料金が高いから入らなかった。
「さみしくないもん。こっちはデジタルデトックスっていう高尚な行いをしているんだ」
と言いつつ、再び砂浜で夕陽が沈むところを一人で写真に収めていると少しさみしくなってきた。カメラの残り枚数は5になった。そろそろ帰ろうかな。江ノ電で鎌倉駅に戻るとJRの改札に人だかりが出来ていた。どうにか駅員さんの声が聞こえるところまで寄って話している内容を聞くと、人身事故で電車が止まっているらしい。スマホが無いので遅延の状況を調べるのも、別のルート探すのも出来ず途方に暮れていると、
「困りましたね」
自分のママよりちょっと上くらいの女性が話しかけてきてくれた。
「スマホ持ってないので困っちゃって」
そう答えるとなぜかその人の目が鋭く光った気がした。
「わ……若い女子が!スマホを持っていない!」
「え…はい。今日は家に……」
すると女性は私の声を遮るように言った。
「電車動くまでいい場所あるからおいで」
一瞬ためらったけどと、駅の混雑ぶりから少し時間を置いた方がいいかもと判断し、「駅から遠くないなら」と了承して付いていった。女性は駅から二分もしない場所にある、古めかしい喫茶店のような、『昭和を愛する会』という謎のシールが貼ってある扉を開けると
「スマホ持ってない若い子来たよー」
と店内に声をかけた。中にはその女性と同じくらいかそれより年上らしき十人程度の男女がいてなぜか拍手で大歓迎を受けた。
「鎌倉は観光?何してきたの?」
店内は赤いビロード張りの椅子とステンドグラスのランプ。石膏の彫刻みたいなものも置かれている。渋い内装だった。
デジタルデトックスって言ってもわかならないだろうな、と思って
「観光で。写真を撮ったり…」
と言って〈写ルンです〉を見せると、口々に「わあ!懐かしい」「若いのに才能ある!」などとなぜか持て囃されて、それからシルバーのお皿に盛られたナポリタンや、ハートの形のストローがささったきれいなグリーンのクリームソーダ、かわいく豪華にデコレーションされた固めのプリンをご馳走になった。みんなが歌う歌は知らない曲ばっかりだったけど、中にはTikTokで聞いたことがある曲もあった。これって昭和の曲だったんだ。
昔ダンサーをやっていたという女性が中森明菜ちゃんっていうアイドルのレコードを見せてくれた。
「わ!めちゃくちゃかわいいですね!」
私がそう言うと、女性がそのレコードジャケットのようなメタリックな口紅と派手なアイシャドウでメイクしてくれて、髪の毛もかわいく巻いてくれた。
「ねぇまだ枚数残っているなら写真撮ろうよ」
と提案してくれたので、明菜ちゃんメイクで、店内のピンク色の電話機やレトロな照明の前や彫刻の前で写真を撮ってもらったりした。
とても楽しくて時間を忘れそうだったけど、疲れていたのか、「ちょっとだけ……」と呟くと私はソファで眠ってしまった。
どのくらい時間が経っただろうか、気がつくと私は自宅へ向かう路線の電車に座っていた。夢でも見たんだっけ?なぜか周りの人の視線を感じた。
家の玄関に着くと妹が
「あれどうしたの。そのメイク。超昭和感なんですけど」
鏡を覗き込むと、中森明菜ちゃんメイクのままだった。
「ちょっと出かけてくる!」
充電していたスマホを取り外すと、近くのカメラ屋さんを検索して〈写ルンです〉を持って行った。現像と同時にスマホへのデータ転送もお願いした。近所のマックで今日の友達の投稿にいいね!しながら現像を待った。家に戻り、現像された写真と画像データを確認すると、海の写真のあとに後半喫茶店での写真が何枚か残っていた。
「やっぱり現実だったんだ……」
その中の一枚、ピンクの電話で受話器を耳にあてて撮った写真がめちゃくちゃいい感じに撮れていたので一枚だけにインスタにアップした。
「デジタルデトックスよき……」
ピコン・ピコン♪スマホの通知音で目が覚めた。昨日の夜そのまま自分のベッドで眠ってしまったらしい。レースのカーテン越しでも朝日が眩しい。またスマホの通知音が鳴った。スマホを確認すると昨日アップした写真が自分史上一番バズっていた。やば!通知音鳴り止まないんですけど。あ!ミナミもいいね!してくれてるし、しかもコメントが「激イケてる」って。やば!笑える。
今日はミナミに謝って、小物入れを渡して、グループLINE復帰しよ。 Twitterにも鎌倉のことつぶやこ。クリームソーダとナポリタンの写真もインスタアップしよ。
いろいろするぞー!今日はめちゃくちゃ忙しい!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます