第42話

 「おはよう!ママ」

「おはよう。愛美めぐみちゃん」

「ねぇねぇ。今日は……」

「ほらほら、おしゃべりはいいから。顔を洗っていらっしゃい。朝ごはんできてるわよ」

「はぁい……」

この、光景。

私が十二歳になった朝の光景だわ。

知らなかったけれども、───私の記憶。

このあと私は洗面所で顔を洗ってキッチンに戻った。

そして……

「パパ!おはよう。今日はね~」

「ほらほら、愛美。トーストが冷めてしまうぞ。さっさと食べなさい」

「はぁい……(サクッ)」

そう。

今日は私の誕生日なんだよ~って、二人に聞いてほしかったのに言わせてくれなかったんだよね。

誕生日が春休み中だから、友だちに『今日私の誕生日なんだよ』って言えないからパパやママに言いたかったのに。

だけど。

少し悲しくなって、下をむいてしまう……やだな、泣きそう。

 

 「愛美ちゃん、十二歳の誕生日おめでとう!」

パパとママは並んで座って、向かい側の席の私にプレゼントの箱を差出してくれた。

「!!ありがとう!」

私が言いかけたのを知らんぷりされた。

私の誕生日なんて忘れてるんだと思い込んでいたから、すごく嬉しかった。

プレゼントの中身は欲しかったバッグと……腕時計!

「わぁ!腕時計」

「もう四月から中学生でしょう?必要になると思ったの」

「ありがとう!すごく嬉しい。大事にするね」

「喜んでくれて、よかったよ。ところで愛美?」

「なぁに?パパ」

「もう十二歳になったから、パパとママのことを『パパ・ママ』と呼ぶのは今日までにしてみないか?」

「なんでパパ、ママと呼んじゃいけないの?」

「いけないということはないが、まあ、大人らしい呼び方にしてみないか?ということだよ」

「大人らしい呼び方って?」

「そうだな……『おとうさん・おかあさん』でもいいし『とうさん・かあさん』でもいいし」

「そうなの?『おとうさん・おかあさん』か『とうさん・かあさん』か。どっちも言いにくいよ」

「言ってるうちに慣れてくるよ」

「じゃあ……『とうさん・かあさん』にする」

「そうかそうか。これでいいかな?かあさん」

「ええ、いいわ。とうさん」

 

 「これでいいかって……ママ、じゃなかった、かあさんが考えたの?」

「そうよ。ずっとパパ、ママでもいいかと思ってたけれど。ちょうどいいきっかけかなと考え直したのよ」

「ふうん……とうさん、かあさん。呼びなれないから、なんだか知らない人を呼んでるみたいでこそばいよ」

「はっはっは。そんなものかな」

ちゃんと言えるかなぁ……ずっとパパ・ママのほうがいいのに。

「よし。朝ごはんが終わったら庭で愛美の写真を撮るぞ。誕生日の記念写真だ」

たまのお出かけのときに着るワンピースに着替え、手にはプレゼントのバッグを持つ。

「じゃあ、この椅子に座って……ほら、にやついてないで。まじめな顔して、でも笑顔を作るんだよ」

「パパ……じゃなかった、とうさん。それじゃ、どんな顔したらいいかわからないよ」

 

 「そうですよ、とうさん。それじゃ愛美が困りますよ」

「そうかぁ。じゃあ、まっすぐとうさんを見ててくれたらいい」

私は椅子に座ったまま、まっすぐとうさんを見た。

「お、いいぞいいぞ。可愛いなぁ、ほんとに愛美は可愛いなぁ」

カメラを構えたまま父さんが言う。

あんまり可愛いを連発するので、ついクスッと笑ってしまった。

パシャ!パシャ!パシャ!

シャッター音が鳴る。

「うん。いい写真が撮れた。お疲れ、愛美。もう着替えていいぞ。それとも今日はお召かししたまま過ごすか?」

「どうしよっかな。やっぱり着替える。でも、その前に……パパ、じゃなかった。とうさんのそのカメラって、私でも使える?」

「おお、使えるぞ。使ってみたいか?」

 

 「うん。あのね。私、ママ……かあさんの写真を撮ってみたいの。かあさんの写真って、うちにあまりないみたいだから」

「えぇ?私の?……イヤですよ、写真なんて」

「まあまあ、たまにはいいじゃないか。愛美が撮りたいと言ってる事でもあるし」

「……仕方がないわね。一枚だけよ?」

「わぁい。え~?なんで、横向いてるの?って、今度はななめむき?なんでまっすぐ向いてくれないの?私の誕生日の日に、主人公の私がシャッター押してあげるんだからちゃんと正面向いて!」

「仕方がないわねぇ」

パシャ!

「わぁい。私でも使えた。あ、せっかくだからとうさんの写真も撮る!」

「とうさんのもか……せっかくだから、お願いするか」

「とうさんも、まっすぐ向いててね」

パシャ!

「これで、みんなの記念写真が撮れたね」

「そうだな。それにしても今日は天気がいいな。どうだ?このままドライブに出かけないか?」

 

 「ドライブ?行きたい行きたい!ねえ、かあさんも行こうよ」

「行くのはいいけれど、その前に洗濯物を干す時間をくださいね。あ、愛美も。早く行きたいなら洗濯干すのを手伝ってちょうだい」

「もっちろん!じゃあ、その前に着替えてくる。私が干す分の洗濯物も残しておいてよ」

「わかったわよ」

そして洗濯物を干して、ドライブに出かけた。

とうさんが運転して、かあさんが助手席で。

行き先は動物と触れ合える自然公園。

小さいモルモットを抱っこしたり、大きなラマにびっくりしたり。

ホットドッグとソフトクリームももすごく美味しかった。

かあさんはソフトクリームが食べにくいってぼやいてたけれど。

いっぱい笑って、いっぱいはしゃいで。

「今日は遊びすぎて疲れちゃったわ。せっかくの愛美の誕生日だけど……夕ごはんはお弁当でいいかしら」

「もちろんかまわないよ。愛美も弁当でいいだろう?」

「うん。ほんとはかあさんが作るご飯のほうがおいしいけれどね」

「あらあら、お世辞言っちゃって。褒められても今日は、作りませんよ」


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