第41話

 「とうさんにも教えてほしいものだな。結局写真の一枚も見せてもらってないし」

「ええ?そんな黒歴史、いまさら思い出したくないわ」

ちょっとだけ思い出してたけど、口ではそう答えた。

「そうか。少しだけ興味があったんだが」

とうさんが笑いを含んだ口調で言った。

「おお、もうこんな時間だ。明日の朝はゆっくりするといい。とうさんは先に寝るよ、おやすみ」

「おやすみなさい」

時計は零時を回ろうとしていた。

「オレたちも寝るとするか」

「そうね……ゴメンね、ユタさん。今日は運転で疲れてるのに遅くまでつきあってもらって」

「いや、構わないよ。それよりいろんな話が聞けてよかったよ」

「そうね。じゃあ、おやすみなさい」

ユタさんは客間に、私は自分の部屋にそれぞれ戻った。

 

 ───夢を、見ていた。

やわらかくてあたたかい何かに包まれて、ゆらゆらと揺られている。

夢の中の私は、赤ん坊にもどっているようだった。

ふんわりと優しい声が歌を歌っている。

ああ、これはあの子守歌だわ。

優しい歌声……かあさんかしら?それともマナさん?

When you came out of a sleep.

ああ、もう曲が終わってしまう……もっと聴いていたいわ。

You remember all.

え?

さいごの歌詞が違うわ。

たしかさいごはYou leave allだったはずよ?

愛美めぐみ、愛美ちゃん。起きて≫

声が聞こえた。

さっきの歌声の持ち主。

夢の中の私は、ゆっくりと目を開けた。

 

 目の前には、一人の女性が立っていた。

「愛美ちゃん、目が覚めたのね」

女性は優しく微笑みながら、そう言った。

その女性は───私?!

「え?私?なんで私が二人いるの?」

「私がよ。ずっと愛美ちゃんと一緒にいたの」

メグミ……かあさんの手紙に書いてあった、もうひとりの

「あ。かあさんの手紙に書いてあったメグミ……ちゃん?」

「そう。よかったわ。やっと会えた」

女性───メグミは、そう言うと真顔になって続けた。

「ママとヒトミおばちゃんのせいで、あなたの思い出を横取りしちゃうことになってごめんなさい。言い訳するようになっちゃうけれど、ママ……本当のママ,マナのほうね。ママたちには悪気はなかったと思うの。ママたちはそう思ってなかったけれど、私は愛美ちゃんの中から外を同時に見ることができていたのよ。でもみたい。ずっと気がつかなかったから、ママたちに『私を呼び出すために愛美ちゃんを眠らせないで。私は一緒に楽しめてるから』って伝えることができなかった。私が表に出ているときも、愛美ちゃんもいっしょに楽しんでいると思ってた」

 

 「愛美ちゃんに、十二歳以前の記憶に抜け落ちた部分があると知ったのは、つい最近のこと。ヒトミおばちゃんのお葬式のあとにユタさん───私もそう呼ばせてもらうわね───に相談したでしょう?記憶がないって。あのとき初めて知ったの。知らせたかったけれど……自分でがわからなくて。だけどこの前ユタさんと実験してくれて、愛美ちゃんが私の存在をちゃんと認識してくれて。ヒトミおばちゃんの手紙で存在を納得してくれたから、こうやって出てこられるようになったの」

「そう……なんだ」

夢の中での会話だから、というわけではないけれど、夢のような内容だった。

「メグミちゃんは……私なの?それともかあさんの手紙にあったように……」

───産まれてこれなかったもうひとりなの?

聞こうとしたけど、聞けなかった。

「私は、愛美ちゃんでもあるし、もうひとりでもあるわ」

メグミが私の言いたかったことを察して答えてくれた。

 

 「どういうこと?」

「たしかに、もともとはもうひとりの方だった。だけどママのおなかの中で生きつづけられない……産まれることができないってなったときにお別れを言おうとしたら、愛美ちゃが“私の意識”を自分の中に吸収してくれたの。ふたりで一人として生きていこうよって言ってくれて。愛美ちゃんのおかげで,私は産まれてくることができたの」

私は言葉を失っていた。

聞きたいことや確かめたいことがいっぱいあると思っているのに、しゃべることができなかった。

ただメグミの話を聞くので精一杯だった。

 

 「そうよね。急にこんな話を聞かされても戸惑うし、信じられないわよね」

そう。

戸惑ってはいる。

でも、信じてる。

と、いうよりも本当のことだと確信している……どうしてだかわからないけど。

「あ、でもこの前の実験で出てきてくれた時は、もう“私にだけ”記憶の欠落部分があるって知ってたんでしょう?だったら、ユタさんを通じてなり手紙を残すなりして知らせてくれたらよかったのに。愛美の中に“メグミ”がいるって」

「言おうと思ったけれど、やめたわ」

「どうして」

「もし、あのタイミングで知ったとして。信じてくれた?」

───多分、信じられなかった。

私は首を横に振った。

「だから、待っていたの。いつかは本当のことを聞く日が来るから。あの日は、ビデオカメラがあることは知っていたから───いつもの愛美ちゃんがしないようなをすれば、きっとユタさんも愛美ちゃんも映像を見て、いつもと違うと気づくはず。おとなしい愛美ちゃんと活発なメグミということね」


 「ねえ、これって、今メグミちゃんと話しているのって、私の夢の中なんだよね?」

「夢、とも言えるし夢じゃないとも言えるわ」

「どういうこと?」

「たしかに今は愛美ちゃんはお布団の中で眠っているわ。でも愛美ちゃんの意識は起きているの……私が起こしたから。愛美ちゃんに話しておきたかったことがあるし、伝えたかったことがあるから」

「話しておきたかったことと、伝えたかったこと?」

「そう。さっきも言ったけれど、あなたの思い出を横取りしちゃったから、それを謝りたくて。そして、私だけが持っている思い出……記憶を愛美ちゃんに返そうと思って」

「記憶を返すって……そんなことできるの?」

「できるわ……一度に全部というのは無理だけど。こうするの」

そう言ってメグミは私に近づき、おでこ同士をコツンとぶつけた。

「目を、閉じて」

目を閉じると同時に、頭の中に映像が広がっていった。

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