第39話

 子どもを使って実験したの?!と思ったかしら。

そう思われても仕方がないことだけど、実験をしてみたわ。

マナの言っていることが事実かどうかも知りたかったし。

結果は……マナが言うとおりだった。

歌を聞いた愛美めぐみはじきにうつらうつらとしだして、眠って横になったと思ったらすぐに目をぱっちりと開けて起き出して『おばちゃん、お外で遊ぼう!』と私を誘ったの。

いつもの愛美だったら私がどんなに誘っても『お外よりおうちの中がいい』と言うのよ?

たしかに愛美だけど愛美じゃないとマナが言うのが理解できた。

愛美の中にもうひとりの愛美だれかがいる。

だから私はマナに言ったわ。

愛美を生まれてこれなかった愛美の姉妹と思って接するのはどう?」って。

マナは戸惑っていたわ。

でも私が「私たちも双子だけど性格は違うでしょう?私たちと同じと思えばいいじゃない」

今考えると勝手な理屈よね。

でも、あの時はとてもいい考えに思えたの。

おとなしいいつもの愛美と活発なもうひとりの愛美。

二人育てている気分になれるんじゃないかって。

 

 最初は渋っていたマナも、だんだんとその気になって賛成してくれた。

名前は……呼び名を変えるわけにはいかないから私たちの中でいつもの愛美は“めぐみ”もうひとりの愛美は“メグミ”と呼ぶようにしたわ。

死産だった子には戸籍が作れないから、名前がつけられなかったというのも理由のひとつね。

とうさん───たもつさんにもちゃんと打ち明けて、納得してもらったわ。

弁解するわけではないけれど、最初はほとんどメグミになってもらうことはしなかった。

時々……どうしても愛美を連れて出かける必要がある時、出かけたがらない愛美だと困る時だけ入れ替わってもらってた。

オトナの勝手な都合よね。

そして……愛美が幼稚園の時にマナに病気が見つかったの。

他人に感染する病気ではないけれど入院が必要だったから入院させて。

保さんひとりでは子育てと仕事の両立が難しいから、私が役所を辞めて愛美の世話を手伝ったわ。

朝、マナたちのアパートに行って愛美を幼稚園に送って、お迎え時間まで家事をすませて。

夕方保さんが帰ってきたら私は自分のアパートに帰る、そんな生活を続けていた。

……マナの病気はなかなか治らなかったわ。

だけどできる治療は終わってしまったからあとは自宅療養と言われたの。

自宅療養と言うより、静養ね。

マナのアパートで静養して私が今までどおり通うということを提案したわ。

でも、市内はごみごみしているし小さい子どもがいると静養にならないだろうと実家の……ミツオ兄さんが使っていた納屋の部屋を使うようにと母が提案してくれた。

母屋の部屋も空いていたけれど、まだ法事その他で使うことが多いし、ふすまで仕切られているだけだから落ち着かないだろうとね。

それに田舎で静かだし、ゆっくり静養できるだろうって。

マナも実の母親の世話になる方が気が休まるからとその提案にのったわ。

 

 メグミは物わかりがいい子でもあったわ。

田舎の家にいるマナが実の母親で、私はだと理解してた。

だけど家では私のことをママと呼んでくれてた……お見舞いに行ったときはちゃんとおばちゃんって言うけどね。

それからは、メグミになってもらうことがずっと増えていったわ。

田舎にマナのお見舞いに行く時。

法事やお墓参りに行く時。

私たちの感覚もどんどん麻痺していったわ。

それに焦りもあった。

香水の量には限りがあるから……似た匂いではダメだったのよ。

同じ香水を新しく買ってきてもダメだった。

香水でないとメグミにならなかった。

だから香水がなくなれば、メグミは出てこられなくなる。

でも愛美めぐみはこのあともずっと生き続けていろんな体験ができる。

そう自分たちに言い聞かせて、遠足とか旅行の時にはメグミになってもらった。

……小学校の修学旅行の時は、保護者ボランティアとして同行して二日間を乗り切ったのよね。

自家用車でついていって、宿も自腹で支払って。

思い返せば、ほんと我ながら自分勝手だったわ。

そうこうしているうちに、マナの病状は悪化していった。

静養すれば治ると言われていたのに、よ。

徐々にだけど確実に、マナは死の世界に近づいていった。

 

 病院にも行ったけれど、手の打ちようがないと言われたわ。

病気そのものは治っているから原因不明だと、治療法はないと。

会うたびにやつれていくマナを見ているのは辛かったわ。

しょっちゅう会いに行ってた私が見てもやつれているんですもの、二~三カ月に一度行くのがやっとだった保さんから見たら急激にやつれて見えたでしょうね。

そしてとうとう、愛美が十二歳になる少し前に───旅立ってしまったわ。

お葬式が終わって家に戻ると、マナからの郵便が届いていたの。

亡くなる少し前に投函していたのね。

中には、詩集が入っていて手紙が添えられていたわ。

もう、愛美をメグミにするのはやめよう、そういうことが書いてあったわ。


 メグミになっても、翌日には愛美に戻っている。

そして愛美に戻ったときはメグミでいた間の記憶がない。

それを利用してほんとうの母親がマナであったことを忘れてもらおう。

本当に短絡思考ね。

以前から、自分が亡くなった後は私に愛美の母親代わりになってと頼まれていたから、それ自体は了解していたわ。

愛美はかなり以前から私が本当の母親だと勘違いしていたみたいね。

それはそうだわ。

ごく小さいうちからマナと離れて暮らしてたし、マナと会うのはメグミだけだったし、住むところも保さんが家を建てて一緒に住むようになっていたから。

保さんには、本当に感謝しているわ。

保さんは家事全般とマナと愛美の世話を頼んでいるから、と言ってくれていたけれど。

実際家事に通ってアパートは寝るために帰るだけだったもの、これじゃ家賃がもったいないなと考えてもいたの。

愛美はまだ子どもですもの、一緒に住んで“とうさん”“かあさん”と呼び合っていれば親だと思うわよね。

先生や周囲の人から両親の名前を聞かれたときに「保とヒトミ」と答えていたときは、さびしさ半分嬉しさ半分の変な気分だったわ。





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