第38話
座敷を出ていったとうさんは、しばらくして一冊のノートを手に戻ってきた。
「これは、かあさんから託されていたものだよ」
そういって座卓の上にノートを置いた。
「もしも
「それって、いつ?とうさんはそのノートの中身、読んだことあるの?」
「預かったのは、かあさんが入院中だよ。中身も一応はな。もちろんかあさん……ヒトミさんの許可を得てだが」
「読んで、いいの?」
「もちろん」
私はノートを手に取り、ページをめくった。
懐かしいかあさんの筆跡が目に飛び込んできた。
*******************
愛美へ
これを読んでいるということは、私はもう亡くなっているということですね。
老衰で亡くなったのかしら?それとも病気かしら?
ああ、そんなことはどうでもいいことね。
娘に手紙を残すというのは、不思議な気分だわ。
単刀直入に言うと、あなたの記憶の不合理は、私たちが原因でした。
いろいろとつらい思いをさせたかもしれないわね、ごめんなさい。
……どのことから書いていこうかしら。
まず、あなたが「かあさん」と呼んでくれていた私ヒトミは、あなたの本当のおかあさんではありません。
あなたの本当のおかあさんは、私の双子の妹マナです。
ずっと内緒にしていてごめんなさいね。
私とマナは双子で生まれました。
先にミツオ兄さんが生まれてはいたけれど、父も母も当時同居していた祖母もとても喜んでくれたと、近所の人に聞きました。
私たちがある程度大きくなってからは、男女が同じ部屋なのは
そして中学を卒業した兄さんが市外の高校に進学して、その二年後に私たちも高校進学の為に家を離れました。
理由は、あなたも知っての通り、あの田舎には高校がなかったから。
私たちは兄さんとは別の寮がある高校に進学して。
兄さんは大学に進学したけれど私たちは高校卒業後にそのまま役所に勤めることになったんです。
大学に行きたい気持ちはあったけれど、経済的に無理といわれて諦めました。
役所に勤めはじめてからは、マナと二人でアパートに暮らしていました。
運よく同じ役所に勤められたのは、ありがたいと思ったわ。
部署が違っても、勤務時間は同じですものね。
違う仕事で勤務時間がバラバラだったら生活リズムが違って、きっと二人とも落ち着かなかったでしょう。
勤めだして二年後、同じ役所に愛美のおとうさん
部署は違ったけれど、私やマナのところにまで噂……いい噂ですよ、が流れてきていたわ。
時々何かの用事で私の部署に来た時に見たけれど、たしかに噂に
背も高いし見た目もいいし、仕事もできると評価されていたからきっとそうだったんでしょう。
マナは、そんな彼に惹かれていたみたいね。
家に帰ると彼の話ばかりだったわ。
「今日、どこそこで見かけた」
だとか
「今日、うちの部署に来てて目が合った」
とか。
だから課長を通してマナに、相川さんとの見合い話が来た時には正直ビックリしたわ。
マナは、もっとビックリしていたけれど。
相川さんも、マナのことが気になっていたらしいわね。
どうにかつきあえないか、せめて友だちにでもなれないかとあちこちに働きかけてたというんですもの。
もちろんマナは快諾し、ふたりは結婚することになった。
かわいい妹が大好きな人と一緒になる……こんな嬉しいことはなかったわね。
マナが妊娠して仕事を辞めてからも、私はひとりで働いたわ。
一緒に住んでたアパートにひとりで住んでね。
何件かお見合い話もあったし、交際を求められたことも何度もあったけれど、すべてお断りした。
結婚とか男女交際とか、興味がなかったから。
そして愛美が生まれて。
身内びいきかもしれないけれど、ものすごくかわいい赤ちゃんだった。
ただ……愛美にはずっと秘密にしていたことがあります。
実はあなたには本当だったら姉か妹がいたの、双子だったから。
だけど産み月間近の検診の時に、心音が片方聞こえないからと緊急手術で出産することになって。
愛美は無事だったけれど、もう一人の女の子は───死産だった。
マナはものすごく悲しんで……そんなマナを
退院してからのマナは、たくさんの愛情をこめて愛美を育てていた。
あなたはなかなか寝ない赤ちゃんだったから大変だったみたい。
抱っこしないと眠らないからと、一日中抱っこしていたもの。
そんなある日、マナはどこから教えてもらったのか英語の子守歌を歌っていた。
耳触りがいい優しい曲。
「この子守歌ね、子どもがよく眠るって教えてもらったのよ。ほんとによく眠ってくれるわ」
そう、言っていたわ。
そうして二年くらいたったころかしら、マナから相談を受けたの。
愛美が愛美じゃないみたいって。
そのころもまだお昼寝させるのに例の子守歌を歌っていたのだけれど、同じ子守歌なのに寝続ける時と、寝たと思ったらすぐに起きてくる時があると。
そして、すぐに起きてきたときはいつもの愛美ならしないような行動をすると。
気のせいでしょう、そう返事をしたけれど、あんまり真剣だったから私も様子を見に行ったわ。
マナにあれこれ話を聞いているうちに、いくつか持っている香水のうち特定のひとつを使っている時にだけその現象が出てくるんじゃないかと感じたわ。
だから、起きて遊んでいた愛美にその香水を少量しみこませたコットンを持たせてにおいをかがせながら、マナに子守歌を歌ってもらった。
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