第36話
「まあ、そうなの。それはおめでとうございます。今日は何しに来られたの?」
「お墓に、結婚が決まった報告がしたくって来ました」
「あらまあ、感心なこと」
「失礼ですが、奥さんはこちらに長いんですか?」
とつぜんユタさんが口を挟んできた。
「こちらに?ええ、長いわよ。なにしろここで生まれ育って、結婚してもまだ住んでるからねぇ」
そう言って女性はケラケラと笑った。
「じゃあ、ここになにか建築物が建っていた事は覚えていらっしゃいますか?」
「建築物?」
「はい。たぶん納屋かなにかだとは思うんですが」
「ああ、そうそう。納屋が建ってたわね。建築物とかご大層なこというからびっくりしたわ」
「納屋だったら、農機具を置いたりしてたんですかね?」
「農機具も置いてはあったけれど、半分はミツオちゃんの部屋として使ってたのよ。最初はミツオちゃんひとりだったけれど、あとからヒトミちゃんたちが生まれてね。手狭になったから建てたのよ。
「あまり、よく覚えてなくて」
「あら、そうなの?とても楽しそうに三人で遊んでたのを見かけてた……」
「おい!なにをぺらぺらとしゃべってるんだ!他人の家のことをむやみやたらとしゃべるものがあるか!」
突然隣の家の窓が開いて、男の人が顔を出した。
私たちのほうをじろっとにらむ。
あわててお辞儀をした私を無視して、男の人は再度小言を言った。
「ごめんなさいねぇ、うちの人に叱られちゃったわ。……おしあわせにね」
そう言って、女性は室内へと入ってしまった。
ヒトミちゃんたち。
楽しそうに三人で。
女性の言葉が頭の中でぐるぐる回っていた。
「……大丈夫?座ったほうががいいんじゃないか?」
ユタさんが心配そうに、車のドアに手をかけながら聞いてきた。
「あ、うん。大丈夫」
「ほら、これでも飲んで」
そう言って買ってあった缶コーヒーを手渡してくれた。
まだ温かいコーヒーで少し気分が落ち着いた。
「……家の中のふたつの机は、かあさんと伯父さんではなく、かあさんともうひとり……マナさんのものだったのね」
「そのようだね……家の中は、どうする?」
「家の中……ユタさんは見てみたい?」
「そうだな、造り的には気になるところだけど。またいつでも来れるだろうし、それよりメグは大丈夫か?」
「うん?どうして?」
「さっき顔色が悪かったからね」
「もう大丈夫。ありがとう」
「じゃあ、今日はもう帰ろうか。途中で昼飯でも食べて」
「そうだね、うん」
昼ごはんはスマホで周辺のお奨めのお店を検索して出てきたお蕎麦屋さんに行った。
美味しいお蕎麦。
ツユと塩と両方で楽しめるのが珍しかった。
「……やっぱり、おとうさんにちゃんと聞いたほうがいいんじゃないのか?」
「私も、そう思う」
聞いても教えてくれなかったら、それはそれで仕方がないと思う。
でも、このままだとモヤモヤしたままでずっとすごさないといけない。
「今日、帰ってから聞いてみる」
「今日、早速?」
「うん……もう一泊しちゃうことになるけど」
「オレはかまわないけれど。そうだな、ちゃんと解決しておこう」
私はとうさんに電話をかけて今晩もう一泊することを伝え、夕飯はなにがいいかをたずねた。
とうさんのリクエストに合わせた材料を帰り道のスーパーで買う。
とうさんに話を聞くのは───夕飯のあとにしようとユタさんと話し合った。
聞きに行くのは、まずは私ひとり。
話してくれる場合、ユタさんにも同席してもらうかどうかはとうさんにまかせることにした。
「なんだか、緊張しちゃう」
「そうだな……」
夕飯は、和やかに済んだ。
とうさんは、一泊余分に泊まることを喜んでくれているようだった。
(明日、帰る前にシーツと枕カバーは洗っておこう)
食後の片づけをすませた私は、とうさんの部屋に行った。
ユタさんには客間でくつろいでもらう。
部屋の戸をノックすると、返事が帰ってきた。
「とうさん、今ちょっといい?」
「かまわないが、どうした?」
「あのね……」
何ていって聞こう?
さんざん考えたけれど、やっぱりストレートに聞いたほうがいい。
「あのね、とうさん。マナさんって誰なの?」
「……それは。どうしてその名前を……」
とうさんの表情が固まる。
「手紙を、見つけてしまったの。かあさんの部屋の片づけをしてるときに、ぐうぜん」
そう。
探そうと思って探したわけじゃない。
タンスの中になにが入っているのか確認していただけ。
「そうか……知ってしまったんだな。いずれは話さねばならないことだったんだが。今夜一泊延ばしたのは、そのことを聞くためでもあったんだな」
私は無言のままうなづいた。
「せっかくの機会だから話しておこう。外村君はもう
……いつのまにか、さんが君になっている。
「まだ、寝てないと思うわ。この部屋に来てもらう?それとも座敷?」
「座敷のほうがいいかな。ついでにお茶を貰おうか」
「わかった」
私はユタさんに座敷に来てもらうように告げ、台所でお茶を淹れてから座敷に戻った。
それぞれの前にお茶を置いて座ると、とうさんが口を開いた。
「
「どこまでって」
私はユタさんと顔を見合わせた。
「知っている、というか。マナさんという人とかあさんが姉妹だったこと。そしておそらくマナさんが亡くなっているだろうということ……そして、マナさんが私を産んだ人かもしれない……ということかしら」
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