第35話

 「それにしても、泊れといわれるとは思わなかったな」

「私も。挨拶したらすぐに帰るものだと思ってたわ」

「せっかくだから……明日さ、行けるんだったらメグのおかあさんの実家に行ってみないか?」

「かあさんの田舎?」

「ああ。行けたら、だけど。ほら、庭に建物が建ってた写真があっただろう?あの場所を見てみたいんだ。家の鍵は、さすがに持ってないよね」

「持ってる……というかカバンに入れっぱなしだったわ」

こういう時はズボラな性格が役に立つわねと、変なところで自画自賛してしまう。

「口実は……どうするかな」

「ご先祖様に報告してくる、というのはどう?神社への初詣は控えたがいいけれど寺への参拝は喪中でもいいって言うし」

「報告なら、おかあさんへの報告が先じゃないのか?」

「かあさんへの報告は帰り道で行くっていうわ。位置的にその方がスムーズだし」

「わかった。任せるよ」

 

 「泊るんだったら、夕ご飯考えなきゃいけないわね。スーパーは開いてるけどおせちのオードブルというのもあんまりだし」

「それこそ鍋にしたら?」

「夏鍋?冬に食べる夏鍋っていうのも面白いわね。じゃあ、早速買い物……ユタさん飲んじゃったもんなぁ。あの車、私じゃ運転できないから、とうさんの車を貸してもらおう」

私はとうさんの部屋をノックしてドアを開けた。

「とうさん、起きてる?」

「ああ、愛美めぐみか。どうした?」

寝ているかと思ったとうさんはちゃんと起きて机に向かっていた。

「仕事してた?」

「いや、日記を書いていたよ。何か用事でもあったか?」

「あ、今晩泊ることにしたでしょ?だから夕ご飯の用意をしなくちゃと思って。でもゆたかさんの車大きくて、私運転できないからとうさんの車を貸してもらおうと思ったの」

 

 「おお、いいぞ。鍵はついている。夕飯は、何を作ってくれるんだ?」

「穣さんとも話したんだけど、夏鍋でどう?」

「夏鍋か、久しぶりだな。向こうでも作ったのか?」

「一度だけだけどね。じゃあ、行ってくる」

「そのまえに、少しいいか?ドアを閉めて」

「?いいけど」

私は開けっ放しだったドアを閉めてとうさんの隣に戻った。

「率直な感想として」

きたきた……絶対何か言われると思ってたけれど。

「すごくいい青年じゃないか。堂々と物おじしないのがいい。だが」

「だが?」

「その……彼は知っているのか?お前が、その」

「一度離婚していること?知ってるわ。そんなの関係ないよって言ってくれたの」

「そうか。いや、そこが少し気になっていてな。それなら安心した。正月で混んでいるだろうから、運転気をつけるんだぞ」

 

 翌朝、私とユタさんはとうさんの車で田舎の家に向かった。

鍋を食べながら『お墓に結婚の報告をしにいきたい』と言ったら、とうさんも賛成してくれた。

ただ道が狭いからと、とうさんが自分の車を使うようにと申し出てくれたのだ。

「久しぶりの普通車は、ちょっと勝手が違うな」

ユタさんが苦笑しながらハンドルを握る。

「不安だったら、私が運転変わるよ?」

「いや、大丈夫。それより道案内を頼むよ」

今回は高速道路での移動だ。

最寄のインターで高速を下り、ショッピングセンターで花など墓参り用品を買ってから田舎の家に向かった。

お盆にひとりで来たときと同じように、石づくりの門から敷地内に車を入れてもらう。

「ああ、たしかに。これじゃオレの車では無理だな」

家に入る前に、先に墓参りをすませる事にした。

 

 花を入れ替えてろうそくと線香に火をつける。

(今日は結婚が決まったので、報告しに来ました。かあさんには、明日帰る前に報告しに行くからそっちで先に教えたらだめですよ)

……またお参りらしくないお参りをしてしまった。

立ち上がると、ユタさんは墓石の隣にある石柱を見ていた。

「どうしたの?」

「いや、ここに亡くなられた方の名前が彫ってあるんだけどね。ツグオさんはおじいさんだって言ってたよね。じゃあシノさんっていう方は?」

「それはおばあちゃん。結構最近まで生きてたんだ。ほら、あの写真に写ってた人だよ」

「だったら、どこに入っているんだろう?」

「誰が?」

「マナさんという人」

あ……そういえばそうだ。

「ほんとだ。ツグオの次にはシノって彫ってあって、そのあとはなにも彫られていないね」

マナさんという人はちゃんと存在している。

そして、もう亡くなっていると思われるのに、ここのお墓に入ってない。

「メグから話を聞いてて、ここに埋葬してあるとしたら名前が彫ってあると思ってたんだけど」

 

 なんとなくすっきりしない思いを抱えて家まで戻った。

「あ、中に入る前に」

そう言ってユタさんは家の横、昔の写真で建物らしいものが写っていた場所にむかい、しばらく地面を見て回っていた。

「やっぱり、なにか建物が建っていたようだよ。土台のあとが残ってる。建物本体は崩したけれど土台までは取り除かなかったようだね」

「なんで崩しちゃったのかな?」

そう私が言った時、隣の家の庭から女性が声をかけてきた

「あなたたち、どこの人?……あら、あなた。夏にも来てたわね……えーっと」

愛美めぐみです。ヒトミの娘の」

「ああ、そうそう愛美ちゃんだったわね。こちらの方は?旦那さん?」

「……に、なる予定者です。外村と申します」



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