第34話

 男性二人は妙に気が合ったようで、私そっちのけで談笑を続けていた。

取り残された気分の私は、お手洗いに立ったついでにかあさんの部屋のドアを開けた。

(かあさん。かあさんにも会ってほしかったんだけどな。反対してたけれど、本人に会ったらきっと気持ちが変わったと思うのに)

戸棚のガラス戸を開けて、中に置いたままだった“宝箱”を手に取る。

ふたを開けると、中には小さいころに憧れていたキラキラたちが目に入った。

(今日は、これをもらって帰ろうかな?それともここにおいたままにしようかな?)

ひとつずつ取り出しては戻し取り出しては戻しているうち、つまみあげたひとつに目がとまった。

「これ……」

はっきりとは覚えてないけれど、写真に写ってたアクセサリーのようにも見える。

私はそのひとつを持ち帰ろうかと迷ったけれど、思いなおして箱に返し、戸棚に戻した。

 

 座敷に戻ろうとした時にインターホンが鳴った。

玄関にむかうと、とうさんが座敷から出てくるところだった。

「ああ、愛美めぐみはいいから」

そう言いながらとうさんは玄関に下りていく。

座敷に戻るとすぐに父さんの声がした。

「愛美、ちょっと手伝ってくれるか?」

「はーい」

呼び戻すなら、さっき『そこで待ってて』って言ってくれればよかったのに。

そう思いながら玄関に行くと、そこには仕出し屋さんの屋号が入ったケースが置いてあった。

中を覗くと寿司桶と吸い物、そして茶碗蒸しが三つずつ入っている。

「頼んでくれてたの?ありがとう。でもお正月の二日なのに、よく引き受けてくれたわね」

「娘の彼氏が来るからと言ったら、二つ返事で引き受けてくれたんだ。しかし、こういう形で配達されるとは思わなかったよ」

 

 「来客とかめったになかったから、出前とか取ることもなかったよね。来ても食事時を互いに避けてたし。まずは台所に持って行かなくちゃ」

とうさんが寿司桶を、私が残りをケースごと持って台所に運ぶ。

途中、ユタさんが座敷から顔を出して『手伝おうか?』と言ってくれたけれど、『お客様は座ってて』と断った。

お吸い物を鍋で温めて注ぎ分け、お盆にお寿司他ひとり分を準備して座敷に運ぶ。

大きめのお盆がないからひとり分ずつ運ぶことになるけれど。

三人分運び終えたころ、とうさんがお茶を淹れて持ってきてくれた。

「男所帯で何の準備もできないので寿司をとりましたが。寿司でよかったですかね?」

「いえ、好物です。気を使っていただいて申し訳ないです」

「それはよかった。さあ、遠慮しなさらんでお食べください」

「はい、遠慮なくごちそうになります。いただきます」

三人で食べ始める。

ふと、とうさんが箸をとめ私に聞いてきた。

「愛美、今日は泊っていくんだろう?」

 

 ゴフッ。

お茶を飲もうとしていた私は、急な問いかけにむせてしまった。

そういえば泊まるかどうか、考えずに出かけてきてた。

「……泊まるかどうか、決めてなかった」

「そんなことだろうと思った。客間の準備はしてあるから、泊っていってもらったらどうだ?外村さんの都合にもよるが」

「泊る……にしても、着替えが」

「着替えは持っているけれど、ご迷惑じゃないですか?」

「迷惑なんてとんでもない。実のところいつもひとりでおりますもんで、賑やかなのが嬉しいんですよ」

「ユタさ、ゆたかさん、着替え持っているって……」

「仕事柄、突然泊りになったりすることもあるから、遠方に出かけるときは準備しているんだよ」

「さすがですな……泊まっていただけるとなれば問題はない。愛美、冷蔵庫からビールを出してきてくれないか?外村さんもイケる口でしょう?」

「ええ、アルコール類は好きです」

「それは頼もしいことですな。ほら愛美」

 

 私は台所に戻り、冷蔵庫の缶ビールとコップを持って座敷に戻った。

プシュッ!

プルタブを開け、コップに注ぐとうさん。

コップのひとつをユタさんの前に置き『今日の日に乾杯』と口にする。

……とうさん、はしゃぎすぎだよ。

「あ、相川さん。飲む前に大事なお話が」

ユタさんがあわてて口を開く。

「今日はそのお話をしに伺ったので……」

「わかっています。だから乾杯するんですよ。愛美、幸せになるんだぞ」

そう言うとコップのビールをキューっと飲み干した。

そしてユタさんに向きなおりきちんと正座しなおした。

「外村さん。不束者ではありますが私どもの大切な娘です。どうぞよろしくお願いいたします」

ユタさんもあわてて座り直して言った。

「お許しいただきありがとうございます。一生涯、全力で守らせていただきます」

そう言って深くお辞儀をした。

 

 食事は和やかなまま進んだ。

食後───とうさんは『飲みすぎたようだから、少し休むよ』と言って自分の部屋に入っていった。

「とうさん、すごく上機嫌だったわ。普段だったら昼間からお酒なんて飲まないのに」

「オレのこと、歓迎しようとしてくれてるのが、すごくよく感じたよ。……よかった」

「ん?」

「いや、あの人がオレのお義父さんになってくれるのが嬉しいなってね」

「ありがとう。そういえばユタさんのご両親ってどんな方なの?」

ユタさんとのつきあいは、そこそこ長いのに家族の話とか今までしたことがなかった。

「両親ねぇ。まあ普通っていうか。もうふたりとも定年過ぎてるから家にいて毎日何かしているようだよ。それこそ趣味に生きている感じかな。よく旅行にも行ってるようだし。きょうだいは姉貴がひとりで、もう嫁に行って……子どもがふたりだっけ」

「お姉さんがいるんだ。羨ましいなぁ」

「メグの姉さんにもなるんだよ。おせっかい……よく言えば面倒見がいいから、甘えたらいい」

「うん」



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