第33話
おだやな年の瀬と元日が過ぎた。
今年は喪中だから、初詣はなし。
喪中はがきを出し忘れてて、ちょっとバタバタした時期もあったけれど。
そうして、二日。
ユタさんととうさんに会ってもらう日が来た。
ユタさんの車に乗って、出かける。
スーツ姿のユタさん……普段着と違った感じで、カッコイイなぁって見とれてしまう。
「高速道路でも行けるし、山道でも行けるよ」
「そうだな、行きは高速使うか。約束の時間に遅れても悪いし」
約束は十一時。
お正月だけど高速道路は思ったより空いていた。
「雪とか降らなくてよかったな」
「ほんとに。雪で通行止めだったら行かれなかったもの」
順調に車は進み、私の実家が近づいてきた。
「あ、あそこの信号から右折して」
「……わかった」
ユタさんの返事がにぶい。
「どうかしたの?」
「……なんだか、緊張してきた。大学の時に受けた就職試験の面接よりも緊張する」
「ユタさんでも緊張することあるの?」
「そりゃ、緊張もするさ。周りの結婚しているやつらも通った道なんだろうけど……ついにオレの番かぁ」
ついに家の前に着いた。
少し離れた空き地に車を停めてもらう。
うちの前は少し狭いので、とうさんが近所の人に頼んで駐車スペースを用意してくれたのだ。
車を降りて実家へとむかう。
ユタさんは手土産の菓子折りの袋を手にしていた。
玄関に立ちインターホンのボタンを押す。
……自宅のインターホンを鳴らすなんて、不思議な感覚。
いつものとおり鍵をかけていない扉を開けて声をかけた。
「ただいま、とうさん。今着いたよ」
「
奥からとうさんが出てきた。
とうさんもちゃんとカッターシャツを着て、カーディガンを着ている。
「はじめまして」
ユタさんが口を開く。
「とうさん、あのね、こちら……」
「愛美、玄関先ではあんまりだろう、あがってもらいなさい。狭いところですが、どうぞご遠慮なく」
「あ、そっか。ユタさ……
先に立って座敷に案内する。
「どうぞ、こちらへ」
ふすまを開けてユタさんを招き入れると、先に座敷に入っていたとうさんがユタさんに上座をすすめた。
「ありがとうございます。でも、その前に線香をあげさせていただいていいですか?
「ご丁寧に、ありがとうございます。どうぞよろしくお願いします」
ユタさんは仏壇───とうさんが小さめのものを買ってくれていた───の前のろうそくに火をつけて線香にうつし、線香たてにたてたあと、手を合わせた。
しばらく頭を下げたあと、ろうそくの火を手であおいで消し、座って待つ私たちのほうに向きなおった。
「はじめまして。本日はお邪魔いたします」
座布団に座らないまま、ユタさんがとうさんにむかって頭を下げる。
「どうぞ、座布団をお使いください」
とうさんが改めてすすめる。
「はい。あ、その前に……」
ユタさんは脇に置いた紙袋をとり、座卓に置いた。
「甘いものがお好きと聞きましたので。つまらないものですが、どうぞお納めください」
紙袋の中身は以前私が手土産に持ち帰り、とうさんが絶賛したお菓子だった。
今回は少な目の内容量にしてある。
「ご丁寧にありがとうございます。ほう、これはありがたい。ありがたくちょうだいします」
とうさんの顔がほころぶ。
このお菓子にして正解だったわ。
「あらためまして。はじめまして。
「愛美の父の
そういって、とうさんはさっさとあぐらをかいた。
「おい、愛美。悪いがお茶を淹れてきてくれないか?」
「わかったわ。お茶とコーヒーと、どっちがいい?」
私はどちらにということもなく聞いた。
「とうさんはどちらでもいいぞ。外村さんは、どちらがお好みですか?」
「あ、オ……ぼくもどちらでもかまいません」
今、オレって言いかけたよね?とツッコミを入れたかったけれど、我慢してお茶を淹れるために台所へと行った。
どちらでもいいと言われたけれど、私も飲みたいからコーヒーを淹れることにした。
といってもコーヒーメーカーに粉と水をセットするだけだけど。
スイッチを入れるとコポコポという音とともにいい香りがひろがる。
コーヒーカップのセットをそろえ、コーヒーを注ぐ。
私とユタさんはブラック、とうさん用に砂糖とミルクを用意してトレイに乗せ座敷へと戻った。
座敷の前に来ると、中から笑い声が聞こえてきた。
ふたりともなんだか盛り上がっている……気が合うみたいでよかったわ。
「おまたせ。コーヒーにしちゃったよ。何か面白い話でもあったの?笑い声が聞こえてたけど」
「ああ、ありがとう。いや、外村さんが面白い話を聞かせてくれたんでな」
「なあに?まさか私の悪口とか……」
「そんなわけ、ないだろう。むしろ『こんな出来の悪い娘でいいのか』と聞いたら逆にベタボメされて恐縮したくらいだ」
ユタさんの顔を見ると、涼しい顔をしてすましている。
「じゃあ、どんな話だったの?」
「ほら、前に話しただろう?」
ユタさんが教えてくれたのは、仕事に関わる業者さんのことで、確かに私も聞いた時に信じられなくて笑い転げたエピソードだった。
たしかに、あの話題は笑えるわ。
当事者本人が笑い話にしてあちこちで披露しているから、こうやってネタとして話してもだれも傷つかない。
「そういえば愛美から外村さんは建築関係のお仕事をされていると聞きましたが、どういったお仕事を?」
「あ、小さいですが設計事務所を開いています」
「ご自分で経営を。それは素晴らしいですな」
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