第32話

 たしかにいつもの私だったら酔っぱらってしまうのがイヤで、もう少し飲みたいかな?くらいでやめるようにしている……多分飲めば飲めるんだろうけれど。

映像の中の私は、三本目を飲み終わるとゴミ箱に捨て、お風呂場のほうにむかった。

しばらくして戻ってきた私はパジャマに着替えていた。

「ユタさんが昨日帰ったのって何時ごろ?」

「たしか二十一時すぎじゃなかったかな?」

だとしたら、寝たのは二十二時くらい。

四時に目が覚めるはずだわ。

「でも、これで疑問のひとつは解決したわけだ」

「え?」

「前回の実験で、詩集の歌を聞いた夜に打ったおぼえがないメールを打ってあったのはなぜか、という疑問だよ。ああ、子どもの頃の『いつの間にか翌朝だった』という疑問も解決したからふたつか」

そう。

疑問は解けた。

のだ。

子どものころも、普通にごはんを食べて普通に寝ていたんだろう。

 

 でも……

「そうね。その疑問は解けたわ。でも、その間の記憶がないのはどうしてなんだろう?」

「そこ、なんだよなぁ」

ユタさんは頭をかいた。

「詩集の歌だけで寝た場合は?とか、アトマイザーだけ使ったらどうなるか?とか色々試してみたがいいのかな」

私は実験するのはかまわないけれど、ユタさんをつきあわせることになるから少し躊躇する。

「おれは実験するならつきあうけど。でも、もしかしたら解明しなくてもいいかなとも思ってる」

「どうして?」

「子守歌を歌わなければいいだけだし。子守歌で寝てないときは変な行動はしないだろう?万一、変な行動してもおれがいればちゃんとわかって対処できるし」

「でも、これからずっと、だよ?」

「これからずっと、だよ」

 

 「ずっと、って」

「そのまんまの意味だよ。メグのことを、ずっと見守っていきたいと思ってる」

私は返事も忘れてユタさんの顔を見つめていた。

「メグ?もしかして、イヤだとは言わないよな?」

何も言わない私が心配になったのか、ユタさんが聞いてきた。

「ううん、もちろんイヤだなんていわないわ。ちょっと……びっくりしちゃって」

「ならいいけど……ごめんな、こんな伝え方で」

「こんなって?」

「もっとロマンチックな場所でとか、オンナノコって、そういうのに憧れているんじゃないかと思ってさ」

「そんなことないよ、どんな場所でもどんな言われ方でも、ユタさんだったら嬉しい」

ユタさんは安心したような顔で笑い、そして言った。

「近いうちに、メグのお父さんにご挨拶に行かないとな」

 

 とうさんに挨拶しに。

それがどんな意味を持つか───。

「いつ、だったらいいかな?なるだけ早く挨拶しておきたいんだ」

ユタさんが聞いてきた。

「とうさんに電話で話してみる。なるだけ早くって言われても、今月の祝日は連休じゃないから……もう少ししたらお正月だから、その時でもいい?」

「おれはいつでも都合つけられるから。おとうさんの都合に合わせるよ」

「うん」

 

 その夜、私はとうさんに電話をかけた。

九月の連休以来とうさんの声を聞く。

愛美めぐみか。電話してくるとは珍しいな。どうかしたか?」

「そんなに珍しいかな?それよりも、ねえ、とうさん」

「なんだ?」

「今度のお正月って、とうさん家にいるよね?」

「もちろん、いるぞ。今年は年賀状がないし初詣も行かないからな。愛美は帰ってくるのか?」

「うん、そのつもり。それでね……」

私はどう説明するか決めてなかったことを後悔した。

かあさんにあからさまに反対されてた苦い記憶もある。

でも、言わなくちゃ。

「えっと、そのときに一緒にかえ、じゃなかった。連れて行きたい人がいるんだけど。とうさんに会いたいっていう人」

「……彼氏か?」

「うん。彼氏っていうか……うん」

案外、とうさんスルドイんだわ。

「会ってくれる?」

「ああ、かまわないよ。いつ、連れてくる?」

「とうさんは、反対しないの?」

 

 「反対も何も、どんな人かも知らなければ判断はできんだろう」

「だって、かあさんは年齢と職業聞いただけで大反対したわ」

「職業って、無職だったりするのか?」

「ううん。自営業。建築関係の仕事をしているわ」

「立派じゃないか。年齢も、ものすごく若いとかとうさんくらいの年齢とかではないんだろう?」

「うん。私より十一歳年上だったかな」

「そのくらいは許容範囲だろう」

思ってたよりも、ずっと柔軟な考え持ってたんだ。

「そうかな……かあさんはクドクド文句言ってたけど」

「かあさんは、ヒトの好き嫌いが激しかったからな」

確かに……。

「とうさんは、年末と年が明けてからと、どっちがいい?」

「そうだなぁ、年が明けてからのほうが日にちに余裕があるから年明けかな」

「わかった。その人の都合を聞いてから、また電話するね」

「ああ」

「じゃあ、おやすみなさい」

「おやすみ」

 

 とうさんの予定は聞けた。

今度はユタさんに電話をかけた。

「もしもし」

「もしもし。あのね、今、とうさんに電話をかけたんだけど。年明けでどうかって」

「会ってくれるって?」

「うん。連れて行きたい人がいるって。そう言ったら『彼氏か?』って」

「反対、しなかったんだな」

「うん。私もそう聞いたら、どんな相手かも知らないのに反対も何もないだろうって」

「そうか。よかった、安心したよ」

「私も。かあさんがだったから、とうさんも……って不安だったんだ」

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