第31話
「そう。実は設置した時点から録画をスタートさせていたんだ……メグには悪いと思ったけれど。でも観るのは今が初めてというのはうそじゃないよ」
「……別に見られても困ることはないけれど」
あの夜はラジオを聴いて飲みながら過ごしたんだったわ。
記憶にある映像が続く。
「少し再生スピードをあげるよ」
「うん」
あの夜が終わり、普通の一週間が始まる。
朝起きて仕事に行って、帰宅して夜寝る。
この部屋で過ごした時間が早回しで過ぎていく。
「なにも変わったことはなさそうだね」
「そうね……ぜんぶうっすらとだけど記憶している行動だもの」
寝坊した朝。
着るものに迷ってタンスをかき回した朝。
ちゃんと記憶している。
そして───
「このあたりからが昨日みたいだ」
ユタさんが再生スピードを元に戻す。
画面にはベッドに寄りかかって目をつぶっている私の姿があった。
向かい側にはユタさん。
ふっと私が目を開けて起き上がった。
笑顔でユタさんに話しかける。
ユタさんも笑顔で答える。
つと立ち上がった“私”はテーブルを回ってユタさんの隣に座り、頭をユタさんの肩に持たれさせた。
「うそ……私、こんなことしたの?」
映像を一時停止させたユタさんは答えた。
「そう。いつものメグでは、滅多にしないようなことしたんだ。だから、違うメグなんだなと思ったんだけど」
ユタさんの肩に頭をもたれさせる……しないわけではない。
酔った時とか、たまにふざけてやっちゃうけど。
でもシラフのときにはしない。
「続き、観る?」
「……うん」
“私”は思いきりユタさんに甘えついていた。
ネコのようにすりついたり、子どものように抱きついたり。
ユタさんは優しく笑っているけど、ちょっと困惑している表情で。
「ごめんなさい。困ったでしょ?こんなことして」
「メグが謝ることじゃないよ……甘えてこられるのも、いやじゃないし」
しばらくたって、ふたりで部屋を出ていったところで一旦映像が途絶えた。
次の映像は、部屋の明かりがついてユタさんが中に入ってくるところから始まった。
手には何かが乗ったお皿らしいものを持っている。
「お料理?」
「そう。さっきメグがおれに甘えてきてただろ?あのときに『一緒に買い物行って、ゴハン作ろう』って言われたんだ。で、買い物に行って、ここのキッチンで一緒に作ったというわけ」
「なにを作ったの?」
「観てたらわかるよ」
ユタさんに続いて部屋に入ってきた私は、見覚えがある箱を持っていた。
あれは……。
「ユタさんの家にあったミニグリル鍋じゃない。わざわざ取りに行ったの?」
「まあね。メグがお鍋食べたいって言うからさ。今度はしゃぶしゃぶやりたいって」
私がしゃぶしゃぶを食べたいって言ったの?
「ああ、しゃぶしゃぶだけど海鮮しゃぶしゃぶと言った方がいいかな。煮えやすい野菜と刺身買って。ポン酢とゴマドレとで食べたんだ。美味かったよ」
「お肉……は?」
「昨日はやめておいた。いつもとは違うって気づいてたから、メグがどんな行動するか映像で見たくてね。それにはおれは家に帰らないといけないだろ?」
「うん」
「肉食べると、ビール飲みたくなるからね」
「そうなんだ。ごめんなさい」
「それは構わないよ。飲まないと決めたのはおれだし」
「じゃあ、チューハイは?」
「メグが選んでかごに入れてた。しゃぶしゃぶ食べるときに一本飲んでたかな」
「一本だけ?」
「ああ」
……ごみ箱には三本の空き缶が捨ててあった。
でも、確かに映像では一本しか飲んでなくて。
食事が終わり、テーブルの上が片づいていく。
そこでいったん画像が途切れ、次に映ったのはパジャマに着替えた私がベッドに入るところだった。
「これ、時計が映り込むようにしておいたがよかったかな」
ユタさんがポツリと言った。
電気を消してベッドに入ったところで映像が切れ、次は今朝私が目を覚ましたところから動き出した。
「この部屋は、これで確認が取れたな。じゃあ、次はキッチンだ」
ユタさんは別のファイルを呼び出し、再生をスタートさせた。
私がキッチンを通る姿や料理する姿などが細切れに再生される。
「これも早送りでいいな」
次々に映像が流れていく。
「このあたりか?」
ユタさんが再生を通常モードに切り替えた。
私とユタさんがそろって玄関の扉からキッチンに入ってくる。
手にはレジ袋。
「買い物から戻ってきたのね」
「そうだね……もう少し早送りかな」
さらに映像は早送りで進み、ユタさんが(じゃあね)と手を振って扉の向こうに消えたところで通常スピードに戻した。
鍵を閉めた私は、迷うことなく冷蔵庫の扉を開けて缶チューハイを取り出した。
早速飲んでる!
記憶にないとはいえ、自分の行動に驚かされてしまう。
キッチンの椅子に座って、飲みながらスマホを操作している。
あの指の動きだとメールではなさそう……だとしたらゲームかしら。
「なんのアプリを使っているかはわからないけれど、普通どおりの動きをしているよね。ちゃんと意思を持って行動している」
飲み終わった缶をつぶしてゴミ箱に入れた私はいったん椅子に座り、しばらくしてまた冷蔵庫から缶チューハイを取り出して飲み始めた。
三本目!
普段だったら飲まない量を飲んでるわ。
「へえ、メグも飲めば飲めるんだ」
ユタさんがからかうような目で私を見た。
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