第30話

 そして、さらに一週間が過ぎた。

今日はをする予定だ。

ユタさんがどこかに隠しカメラを設置したって言ってたけれど、どうやってスイッチ入れるのかしら?

先週は私が買い物に行って料理を作ったけれど、今週はユタさんが『おいしい店のテイクアウトを買っていく』と言ってくれたから私は待つだけ。

約束の午後一時を過ぎたころ聞きなれたエンジン音がして、しばらくしてユタさんが部屋にやってきた。

「ごめんごめん。店が思った以上に混んでたんだ。はい、これ」

ユタさんが渡してくれた紙袋に入っていたのは、おいしそうなサンドイッチだった。

 

 たっぷりのレタスとハムとチーズがはさんであるハムレタスサンド。

厚焼き卵の卵サンド。

そして……。

「うわぁ、きれい」

最後に取り出したものは、いちごとキウイのフルーツサンドだった。

「ここの店の名物だって聞いててね。メグに食べさせようって考えてたんだ」

「ありがとう!私、フルーツサンドって食べたことなかったんだ。うれしい」

サンドイッチを包材から取り出して、お皿に並べる。

食事パンとフルーツサンドは別のお皿だ。

「こだわるね」

「なんとなくね。あ、飲み物はコーヒーでいい?インスタントのスープもあるけど」

「コーヒーでじゅうぶんだよ」

「わかった」

淹れたてのホットコーヒーとサンドイッチ。

全部とても美味しかった。

フルーツサンドの生クリームも甘すぎず、いくらでも食べられそうだった……あまり甘いものが得意ではないユタさんも『美味しい』と言ってたくらいだった。

 

 食事が終わり片づけをすませると、ユタさんが言った。

「じゃあ、そろそろ実験始めようか」

「こんな早い時間に?」

「うん。メグが子供のころはこんな時間に遊んでいても……だったんだろう?」

そう。

昼ごはんの後に遊んでいた時も、気がついたら翌朝だった。

「わかった……なんだか緊張するわ。そういえば、カメラのスイッチは入れなくてもいいの?」

「それは大丈夫。アトマイザーと詩集、貸してもらえる?メロディはまだしも歌詞がうろ覚えなんだ」

「はい」

私は用意していたアトマイザーと詩集を手渡した。

アトマイザーを噴射し、ユタさんがゆっくりと歌いだす。

 

 心地いい歌声。

ベッドを背もたれにして床に座っていた私は、目を閉じて歌に聞き入った。

(こんな歌声を毎日聞きながら眠れたら、幸せだろうな)

そんなことを考えていた。

───ふと気づくと、歌声が途切れていた。

(私が眠ったと思って歌をやめたのかしら?それともお手洗い?)

そう思いながら目を開くと……目の前には暗闇が広がっていた。

「うそ……また?」

定位置においたスマホで時間を確認する……午前四時。

スマホをもとの位置に戻して身体を手のひらで確認すると、パジャマらしい感触が伝わってきた。

もう一度スマホを取ってメールを確認すると、ユタさんからのメールが入っていた。

『これを読んでいるメグは、メグだと思う。明日の朝、そっちに行く。例のものを一緒に確認しよう』

 

 私?

ユタさんらしくない含みがある言い回しが気になった。

まだ、四時。

ベッドから起き上がりキッチンに行くと、洗ったお椀やはしが置いてあった。

でも、昨日の昼ご飯はユタさんが買ってきてくれたサンドイッチとコーヒーだから、お椀なんて使わない。

シンクの三角コーナーには野菜の切りくず……そしてゴミ箱には缶チューハイの空き缶が三本も入っていた。

ビールの空き缶は一本もない。

ユタさんから“明日行く”とメールが来てたから昨日はうちでは飲んでいない。

だとしたら、これを飲んだのは、私?

でも、今週はお酒一本も買ってない。


 わけが、わからなくなった。

『おはようございます。……四時に気がつきました。私、またおかしくなってたみたい。気味が悪いよ……自分のことなのに』

ユタさんにメールを入れた。

気分よく飲んで酔っぱらって、記憶にないうちに着替えて眠るならまだわかるけれど。

実験をしていたのは、昼間。

お酒の缶なんて出していないのは、私が一番よくわかっている……冷蔵庫に入っていないんだもの、出せるはずがない。

とりあえず着替えを済ませて、昨日座っていた位置に座りなおす。

膝をかかえて座っていると、メールの着信音が鳴った。

 

 『おはよう。……いつものメグに戻っててよかったよ。十時くらいにそっちに行く』

十時……まだ五時間以上あるわ。

気になるから、もっと早く来てほしいんだけど。

朝ごはんを食べる気にもならずコーヒーだけを飲んで、なかなか進まない時計を眺めて時間を過ごした。

こんなときに限って洗濯などの雑用が残っていない。

ウェブ小説でも読もうかとアプリは立ち上げたけれど、文字を読んでいても頭に入ってこないので閉じてしまった。

十時近くなって聞きなれたエンジン音が聞こえた。

部屋に入ってきたユタさんは、ノートPCをバッグから取り出してテーブルに置いた。

「パソコン?」

「そう。昨日のメグの行動を一緒に観てもらおうと思ってね」

「パソコンで観られるの?」

「うん。このPCに映像データが直接送られるタイプのカメラを使ったんだ。ほら、ペットとか家族が心配だからってスマホで確認できるタイプのものがあるだろ?あれの改良版」

「そんなものがあるのね」

「ただ、音声は録れないよ。あと、動作センサーだから誰かが動いている時しか撮れていない」

「へえ……」

「実はまだ、おれも見ていないんだ。データの最初と最後は見て撮影できているかだけは確認したけれどね。じゃあ、再生するよ」

ユタさんはPCを操作して映像ファイルを呼び出し、再生をスタートさせた。

映像は、ユタさんがコーヒーを飲んでいる部屋に私が入ってくるところから始まっていた。

「これって、もしかしてカメラを設置した日?!」

 

 

※作中の隠しカメラは現実には存在しない作中の小道具です。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る