第29話
部屋に戻ると、ユタさんがコーヒーを飲みながらのんびりと座っていた。
「ただいま。もう設置し終わったの?」
「もちろん」
「どこにあるか……は、もちろんわからないわよね?」
「そりゃね。仮に探したとしても、ちょっとやそっとではわからないようにしてあるし」
「ふぅん……」
きょろきょろと部屋の中を見回す私に、ユタさんが言った。
「念のため言っておくけど、トイレとお風呂は映らないようにしてるからね。もしも着替えとか、気になるようなら風呂場で着替えるといいよ。……まあ、中身を知ってるから何をいまさら感はあるけどね」
「?中身って何のこ……!!」
ユタさんの発言が意図することに気づいた私は、ユタさんをぶつまねをした。
まったく、もう……。
「いいわ。とりあえず夕ご飯作ってくる。待ってる間にビール飲む?それとも食べる時まで待つ?」
「先に飲もうかな?……あ、いや。ちょっと持ってきておきたいものがあるから一旦部屋に帰ってくるよ。すぐ、戻る」
そう言って、ユタさんはドアから出て行った。
エンジン音がして、車が遠ざかっていく。
「ユタさん……どこに設置したのだろう?気になるけど、今は夕ご飯作らなくちゃ」
私は麻婆豆腐とスープ餃子、タコときゅうりの酢の物を作った。
作ったといっても、麻婆豆腐は
それでも、辛いもの好きのユタさんのために麻婆豆腐にはみじん切りにした青唐辛子を混ぜこんであげた。
辛いけれど辛味がスッと抜けるから、私も大好き。
しばらくしてエンジン音が近づいてきた。
車を停める音につづいてドアがしまる音が聞こえた。
(あ、もどってきたみたい)
「ただいま」
「おかえりなさい。何を取りに行ってたの?」
「これだよ、これ」
そう言ってユタさんは手にした紙袋を渡してくれた。
袋の中をのぞくと、茶色いビンが一本入っていた。
「これ、なあに?」
「焼酎。このまえ知り合いに貰ったんだけど美味いって話だったからメグと飲もうって思ってね」
「ありがとう。楽しみだわ。あ、だったらおつまみになりそうなものもあったがいいんじゃない?」
「いや、この料理で十分だよ」
夕食を食べながら、ふたりで焼酎を飲んだ。
ユタさんはお湯割りで、私は水割り。
ためしに少しだけストレートでも飲んでみた。
「いや、ほんとに美味いな。焼酎も料理も」
「ありがとう。でも、ほんとに美味しい焼酎ね。飲みすぎちゃいそう」
「いいんじゃないの?飲みすぎても。メグの部屋なんだから、眠たくなったらそのまま寝ちゃっても」
「それは、そうなんだけど。でも片づけとかあるし」
「じゃあ、終わった後に飲みなおすかい?」
「あ~。うん、それもいいかも。でも、ユタさんは飲んでいたいんじゃないの?」
「ふむ。でもこのままだと、オレひとりで全部飲んじゃいそうだから……ビールを貰えるかな?」
「いいわよ」
私は冷蔵庫からビールを出し、コップと一緒にユタさんの前に置いた。
プシュッ!
ユタさんはビールのプルタブを開けてコップに注いだ。
ゴクゴクゴク……
おいしそうに飲みほしていく。
私もつられてチューハイをあけたくなったけど……我慢した。
あとでさっきの焼酎を飲みなおすのに、いまチューハイ飲んだらそれこそ飲みすぎになっちゃう!
食事を終え、ユタさんに手伝ってもらいながら片づけを終えた私はコップとお湯、氷と炭酸水を準備した。
食事の後だから要らないかも?と思いつつ個包装のおかきも。
「おかき?」
「うん。ごはん食べたばかりだけど、なんとなくね」
「へえ、こういうお菓子もあるんだね」
「うん。会社でね、お土産にもらったの」
焼酎を準備し、あらためて乾杯をした。
「うん、やっぱり美味いな」
ユタさんはおいしそうに飲んでいる。
私はなんとなくラジオのスイッチをいれた。
音楽番組が放送中だったらしく、聞き覚えがあるロック調の曲が流れてきた。
「うわぁ、懐かしい。この曲、好きだったんだ」
「へえ、オレはこういう曲はあまり聴かなかったな。……ふぅん、結構いい曲だね」
「ユタさんは、あまりロック系聴かないものね。でも、あの人の曲にもあるでしょう?ちょっとビートがきいた曲」
私はユタさんが好きなミュージシャンの楽曲のひとつを口にした。
「まあ、ねえ。聴かないわけではないけれど、あの曲はあまり好きじゃないかな」
「そんなものなの?」
私は気に入ったミュージシャンの曲はみんな好きだから、その感覚はよくわからなかった。
そのかわり、嫌いな人の曲が流れると電源オフにしちゃうけど。
そのあともラジオは様々な曲を流し、そのたびに二人で思い出を語り合った。
「よく飲んだな~。そろそろ寝ようか?」
番組が終わったのはそろそろ日付が変わろうとする頃だった。
焼酎もおかきも、しっかりなくなっていた。
「あ、お風呂。お風呂どうしよう」
「オレは明日の朝、シャワー借りるよ」
「あ~。私もそうしようかな。今、お風呂しちゃったら眠れなくなりそう」
今夜はひさしぶりに同じ布団で眠ることにした。
私のベッドはシングルだから床に敷いた布団で。
「腕まくら、しようか?」
ユタさんが笑いを含んだ声で言う。
「うーん……ユタさんの腕が痛くなりそうだから、遠慮しとく」
「そっか……じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
暗くした部屋の中で、低い声でユタさんが鼻歌を歌いだした。
「ユタさん?」
「ああ、あの歌。つい歌っちゃうよな……鼻歌だったけど」
「きれいなメロディだもんね」
「あぁ」
ユタさんの歌声を聞きながら、私は眠りに落ちた。
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