第28話
「変じゃなかったって……いつものメグだったけど?」
「そうなの?……あのね、昨日ユタさんに歌ってもらったでしょう?子守歌」
「ああ」
「あのあとから、今朝までの記憶がないの」
「え??どういうこと?」
「歌を聴いてて、心地よくて私、目をつぶったのね」
「うん、それは見てた」
「そして目を開けたら、パジャマに着替えてベッドに寝ていたの。いつの間に着替えたんだろうって思ったけど。とりあえずユタさんにおはようメールを打とうと思ってスマホ開いたら、交わしたおぼえがないメールが残ってて。でもって……」
「ストップストップ」
ユタさんは手をあげて、話し続ける私を制した。
「なんか長くなりそうだから、車の中で聞こうか。店も混んできてるし」
店の入り口を見ると、数人のお客さんが立って入店を待っているようだった。
私とユタさんは席を立ち会計を済ませ、駐車場の車に戻った。
「それで、他には何があったの?」
ハンドルを握りながらユタさんが聞いてきた。
「えっと、おぼえがないメールまでは話したわよね。あとは、キッチンに行ったらちゃんと洗ったフライパンとかお皿があったの。お酒の空き缶とかはなかったから、酔っ払って忘れちゃったってこともないし……」
「ゆうべは、きのこスパゲティとサラダチキン入り野菜サラダをメグが作ってくれたんだけど……それもおぼえてない?」
「……うん」
「食べながら呑もうよって缶チューハイ出してきたけど、プルタブあける直前にオレに仕事の電話が入ったから呑むのダメって言ってくれたのも?」
「……うん」
しばらく黙ったあと、ユタさんが言った。
「……メグが言うのなら、記憶がないっていうのはうそじゃないんだろうけど。ゆうべのメグはいつもどおりのメグだったよ。そういえば、前に言ってたよね。遊んでるときにいつの間にか寝ちゃってて、気がついたら朝だったって」
そう。
子どもの頃、庭で遊んでたはずなのに気がついたら朝で。
ちゃんとパジャマ着てたし、おなかもすいてない……そんなことが何度もあった。
その話はユタさんにも聞いてもらってる。
そういうときは決まって、だれか女の人があの子守歌を口ずさんでいたみたいで。
「……子どもの時と同じ事が起こったみたい」
“あの歌”を聞いて同時に“あの香り”をかいだら何かが起こる?そんな気がした。
ううん、そうとしか思えなかった。
(今度はムービーか何か、撮ってもらったらどうだろう?)
そんなことを考えたりもした。
「あのね」
「なあ」
私とユタさんは同時に口をひらいた。
たぶん、同じ事を考えてる。
「なあに?ユタさん」
「メグのそれ……ビデオか何かで撮ってみるの、どうだろう?」
やっぱり。
「うん。私もそう思ってたとこ」
「そっか。了解。ただ、撮るときはスマホだのカメラだのを手に持って撮るのはやめたがよさそうだな」
「どうして?」
「撮られているのがわかると構えるだろう?何のために撮ってるの?と聞くかもしれない」
「でも、撮ってほしいって言ってるのは私よ?」
「今のメグはね。でも昨夜の“記憶にない時間帯”のメグは?」
そっか……私だけど私じゃないかもしれないんだ。
「オレは写真はよく撮るけど、ムービーはほとんど撮らないの知ってるだろう?」
「うん」
「だから撮るとしたら隠しカメラかな?と思ってる」
「隠しカメラ?」
「そう。それなら撮ってほしいと言ってる今のメグには“どこかにカメラがある”ということだけはわかっているわけで……場所はオレだけで考えるし、オレが設置するけど」
「えぇ?教えてくれないの?」
「そりゃ、もちろん。メグにも教えられない……念のためね。それに撮影するのは“実験”する日だけのつもりだし」
「え?そうなの?てっきり、ずっと撮ってるのかと思ったわ」
「映像が必要なのは、メグに記憶がない時間帯だけだろう?ずっと撮るなんて、まるでストーカーの盗撮じゃないか」
そう言ってユタさんは声をあげて笑った。
「それに通常のメグの行動だったら、オレは見たいと思えばいつでも見られるんだし」
そりゃそうよね……記憶がない時間帯の私の行動を私が見るために撮ってもらうんだから。
「とりあえず機材を準備して……来週にでも設置して。そのあとに次の実験ってところか」
約束通り、ユタさんは次の週末に撮影機材一式を持って私の部屋を訪れた。
「じゃあ、今から設置するから……そうだな、一時間くらい部屋を出ていてくれるか?」
「わかったわ。買い物にでも行ってくる。……どんなカメラなのか聞いても、教えてくれないわよね?」
「まあね、まだナイショ」
「了解。あ、ねえ。今夜は泊っていくの?」
「そのつもりだけど」
「夕ごはん、なにか食べたいものある?」
「そうだなぁ……メグかな」
「えぇ!!!」
「冗談だって」
ユタさんは、私が焦る姿を見てニヤニヤ笑ってる。
「そうだな、この前がパスタだったから今日は和食か中華か……中華系かな」
「わかった。じゃあ、行ってくるね」
「いってらっしゃい」
近所のスーパーで食材を選びながらも、私はユタさんがどこにどんなふうにカメラを仕掛けるのか気になって仕方がなかった。
いつもなかなかメニューが決まらないのに、さらに輪をかけて決められない。
何度も何度も売り場をうろうろと歩きまわり、なんとかメニューを決めて食材を買いアパートに戻った。
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