第27話
二週間後の土曜日、約束していた“詩集について調べるため”ユタさんがうちに来てくれた。
私は詩集と、かあさんの部屋で見つけて上着のポケットに入れっぱなしだったアトマイザーとをテーブルの上に置いた。
「ちゃんと思い出せるかわからないけれど……」
そう言って私は詩集に書いてある文字を小声で読み始めた。
「The sky which opens forever blue blue.The earth which opens forever.White flowers bloom as far as they……」
何度か読むうちに、うっすらとしか憶えていなかったメロディをはっきりと思い出せるようになった。
そうして思い出したメロディをユタさんに覚えてもらった。
「あまり歌、うまくないからな~。音はずしても笑うなよ?」
そう言ってアトマイザーの中身を私の周囲に少し噴射して、ユタさんは歌いだしてくれた。
耳に心地よいユタさんの声の響きといい香りとに、私は幸せな気分を感じて思わず目を閉じた。
しばらく経って目を開けると真っ暗で、なぜか自分のベッドに横になっていた。
ちゃんとパジャマにも着替えている……着替えた覚えなんてないのに。
それどころかユタさんに、詩をメロディに乗せて歌ってもらってたはずなのに。
ベッドサイドに置いたスマホを開いて時間を確認した。
(まだ五時……日曜だけど、いいかな)
私はユタさんに『おはよう』のメールを打とうとした。
(あれ?夜のうちにメールが来てる……珍しいな)
「えっ?」思わず声が出てしまった。
そこには、ユタさんと私が昨夜交わしたメールが表示されていたのだ。
「私、こんなメール打った覚えないよ?」
内容はユタさんの『ごめんね』に始まって、私が『おわびに日曜日にデート』をせがんで……。
「こんなの……知らない」
なんだか気味が悪くなった。
ベッドから出て顔を洗いキッチンに行った。
フライパンと鍋とお皿が、洗ってシンク横のかごにいれてある───どれも私のもの、だけど昨日ユタさんがうちに来るまでの数日は使わなかったもの。
(いつの間に、だれがこれを使ったの?)
一瞬、ユタさんが使って、後片づけまでしてくれたのかとも考えた。
だけど、ユタさんは勝手にヒトの台所を触るような人じゃない。
フライパンも鍋も、出しっぱなしにはしていなかったから。
「洗ったのはもしかしたらユタさんかもしれないけれど、少なくとも出して使ったのは私……なのになんで憶えてないの?」
ゴミ箱を覗いたけれど、アルコール関係の空き缶は一本も入っていなかった。
(酔っぱらってもいなかったのに、記憶がないなんて)
私はユタさんにメールを送っておくことにした。
『おはようございます。昨日はありがとう。私、いつのまにか寝ちゃってたんだね』
ほんとは、“昨日は何があったの?私、何も憶えてない”と書きたかったけれど。
八時を過ぎたころユタさんから返信があった。
『おはよう。昨日はほんとゴメン。でもおかげでメグの珍しい一面が見られたよ』
……珍しい一面。
おそらく“お詫びにデートをせがんだ”こと。
いつもの私だったら、絶対にしないこと。
記憶はないけれど、たぶん夕ご飯を食べてくつろいでたら急にユタさんに仕事の電話が入って帰って行ったはず。
そういうこと、前にも何回かあったから。
そしてそういう時は必ずユタさんが『お詫びにデートしよう』って誘ってくれるのだけど……私から??
考えていても結論は出ないので、私はユタさんに会った時に直接聞くことにした。
ユタさんから再度メールが入る。
『昨日のお詫びもかねて、昼めし食べに行こう。それから、デートだ。昼前に迎えに行くよ』
……昼ごはん一緒に食べるのもデートなんだけどと、少し笑ってしまった。
『了解です。楽しみに待っています』と返事を打った。
溜まっていた雑用を片づけているとスマホに着信があった。
「もしもし」
「もしもし。着いたよ……早かったかな?」
時計を見るとまだ十一時だった。
「ううん、大丈夫。ちょっと待っててね」
私は急いでスマホと財布をバッグに入れ、部屋を出た。
「お待たせ!」
「早かったね。もう少しゆっくりでも良かったのに……そんなにオレに会いたかった?」
「もちろん!」
笑いながら返すと、ユタさんも笑ってくれた。
「今日は、ちょっと遠くまで行くよ?」
「そうなの?どこだろう……」
「着いてのお楽しみかな。メグは貝類以外に苦手なものとかアレルギーあったかな?」
「ううん。ないわ」
「だったら大丈夫」
連れていてもらったのは、海鮮丼の専門店だった。
「海鮮丼の?」
「そう。珍しいだろ?」
確かに、海鮮料理のメニューの一つに海鮮丼を目にすることはある。
でも“海鮮丼だけ”というのは、結構珍しいかもしれない。
「この店のいいところは、乗せる具材も選べるけれど、ご飯の量も選べることなんだ。小盛から大盛りまで。さすがに特盛はないらしいけどね」
「あ、それって、ありがたいかも」
正直な話、飲食店の“普通”の量は私には多く感じられていた。
だからといって注文したものを残すのは、料理にも作ってくれた人にも悪い気がするから頑張って食べてたのだけど。
「で、どれにする?オレはこの海鮮スペシャルの並かな」
ユタさんが選んだのは、マグロ・サーモン・甘えび・イクラそれにウニまで乗っているメニューだった。
「わあ、なんだか色とりどりで華やかね。私は……マグロサーモンの小盛かな」
「了解。すいませーん!」
ユタさんは近づいてきた店員さんに注文を伝えてくれた。
程なくして供された海鮮丼はおさしみが新鮮で、とても美味しく食べることができた。
食べ終わって食後のコーヒーを飲みながら、私は昨夜のことをユタさんに聞いてみた。
「ねえ、昨日の私。変じゃなかった?」
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