第26話

 戸籍……。

よく耳にはするけど、あまり馴染みがないものだった。

最初の結婚したときは、義母が婚姻届出してくれたんだっけ……当時の彼氏と盛りあがってノリで婚姻届書いて。

義母に『出しといてください』って渡して、すぐに新婚旅行に行っちゃたから……若かったな。

若かったというより、今考えれば完全にバカ丸出しだわ。

というか、言われるままに出しちゃう義母も義母よね。

離婚のときは弁護士に全部任せたのよね……あいつの浮気が原因だったから、顔も見たくなくて。

引っ越すときのアパートの契約は……とうさんがやってくれたんだったわ。

離婚してなんとか再就職はしたけれど、収入も身分保障もないから保証人ということで。

なんだかんだと、とうさんには世話になってるのね、かあさんが亡くなったときの手続きもみんなとうさんがやってくれた。

考えてみると、私が個人的に戸籍を取りに役所に行ったことがないことに思い至った。

 

 「私、戸籍の書類って見た事がないかも」

「そうなの?」

ちょっと驚いた様子のユタさんに、私はさっき思い出したことを伝えた。

「まあ、何事かないと必要がない書類だしね。ほとんどが免許証持っていれば証明書代わりになるし」

「そうよね。ねえ、戸籍ってどういうことが書いてあるの?」

「メグは、戸籍謄本・戸籍抄本って聞いたことある?」

「聞いたことがあるような……でも、どんなものかはわからないわ」

「じゃあ、そこから。まず“抄本”。メグの抄本を取得した場合は“メグ本人だけ”のことが書かれているんだ。メグの本籍地・氏名・誕生日・両親の名前・続柄……これは長女とか二男とかそういったこと、あと生まれた場所って感じかな。それから“謄本”になると、もっと詳しく書いてあって。さっきと同じようにメグの“謄本”を取得したら“メグの家族”全員のことが書いてあるんだよ。たとえばお父さんやお母さんのご両親、メグから見たらおじいちゃんやおばあちゃんになる人の名前、ご両親それぞれの生年月日、兄弟姉妹がいた場合はその名前と生年月日という感じかな」

「そうなんだ……」

「だから、両親の名前とかどこで生まれたかを知りたいときは抄本で、おじいちゃんの名前も知りたいなら謄本といった感じだよ」

「そういえば、かあさんがたのおじいちゃんやおばあちゃんの名前は知ってるけど、とうさん方のは知らないから、ちょっとだけ知りたいかもって思う。だけど会ったこともないし、亡くなってて今後も会えないから、そのうちにとうさんに聞いてみることにする。あと、両親の名前ってところだけど、私を生んでくれたのが、かあさんなのかマナさんなのかもあまり気にならないかも。気にならないって言ったらヘンかもしれないけれど、私が生まれて生きていることに変わりはないから。それよりも“なにがあったのか”が知りたいと思う。……前に言ったと思うけど、小さいころの“かあさん”の記憶とか思い出がない理由も含めて」

 

 「そうか。まあ、オレも自分が同じ立場ならそうすると思う」

ユタさんはそう言うとニッコリと笑った。

「・・・・・・いずれ、必要になるから取得することにはなるんだけどね」

「え?ユタさん、何か言った?」

「いや、べつに。そろそろ行こうか。オレのお気に入りの景色のいい場所があるんだ」

ゴミをゴミ箱に捨てて車に戻り、買ったものを後部座席においてユタさんはお奨めの場所へと車を走らせた。

お奨めの場所は道の駅から車で十分くらいのところだった。

「うわあ、綺麗」

広々とした駐車場の前には砂浜が広がっていた。

車をおりて駐車場の木の柵に寄りかかり、目の前に広がる景色を見た。

どこまでも続く空と、果てしなく広がる海と。

青と碧が遠く水平線で混ざり合う。

他に何もないからこその美しさだった。

 

 「たまに、ね。ここに来て海を眺めるんだ。風に吹かれながら海と空を見ていると、気分が落ち着くというか。心が洗われるというか」

わかるような気がする。

そう思ったから、そのまま口にしてみた。

「うん、わかる気がする。いやなこととかあっても忘れさせてくれそう」

「だろう?よかったよ、メグも気に入ってくれて」

「うん。ありがとう、素敵な場所を教えてくれて」

「いえいえ、どういたしまして」

ユタさんのお気に入りの場所に連れて来てもらえたことも、景色が綺麗に見える要因のひとつかもしれない。

無言のまま並んで景色を見つめる。


「ねえ。今度か次のお休みに、時間取れる?」

ユタさんに声をかけた。

「どっちも大丈夫だけど、どこか行きたい?」

「ううん。そうじゃなくて。ほら、詩集とか」

「ああ。いや、そんなに急がなくてもいいんじゃない?」

「そうなんだけど、やっぱりちゃんと知りたいし」

「そっか。じゃあ、今度の休みに。そろそろ帰るか。今夜も泊まっていく?」

「う~ん。そうしたいけど、明日ははずせない会議があるから仕事行かなくちゃ」

「なら、しかたないか。いっぺん手紙とか取りに帰って、夕めし食ってから送っていくよ」

「ごめんね。いつもありがとう」

 

 一度ユタさんの家に戻り、持ってきたものを入れたカバンを取り車に戻った。

「忘れ物はない?」

「ない、と思う」

「ま、忘れものあったら今度持っていくよ」

「うん。そのときはお願いします」

送ってもらう途中で、前から気になっていたカフェに寄り夕ご飯を食べた。

ユタさんとおそろいでスフレオムライス。

初めて食べたけど、ふわふわあつあつですごくおいしかった。

「こういう料理って、家で作れるのかな」

「作れるかもしれないけれど、また食べにくるという選択肢もあるんじゃない?」

そう言ってユタさんはいたずらっ子のような笑みをうかべた。

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