第25話

 「そういえば、最後に見せてもらった手紙に書いてあった詩集とかは、メグの部屋においてあるんだっけ?」

落ち込んでる私の気分をそらせてくれようとユタさんが聞いてきた。

「うん。部屋に置いてるわ。でも……」

「気になるのは、わかるよ。でも、おかあさんのことをちゃんと知ることも大切なんじゃないかな?詩集とかは、すぐに見せてもらわなくてもいいよ。メグの気持ちが落ち着いてからね」

「うん。ありがとう」

「そうだ。どこか出かけようか?このところドライブも行けてないだろう?天気もいいし」

「うん」

「どこか行きたいところある?海方面とか山方面とか」

「え~?そうだなあ。海、かな?」

「了解。なんならクーラーボックスも持っていくか。直売所とかあるかもしれないし」

「そうね。楽しみだわ」

 

 ユタさんの愛車の助手席に乗り込む。

もうだいぶ古くなってきてるけどとユタさんは言うけれど、いつもピカピカに磨かれた車体を見るとほんとに大好きで大事に乗ってるんだなと感じてしまう。

車内には、低めの音量でJ-POPが流れている。

ちょっと懐かしい曲。

ユタさんが大好きなミュージシャンで、私も影響を受けて好きになっていた。

車は快調に走り続け、やがて山の切れ間から遠くに海面のきらめきが見えた。

「あ、そうだ。メグは道の駅っていったことある?」

「あるけど……実家に帰る途中にあるから。どうして?」

「こっちのほうのは来たことない?」

「うん」

「じゃあ、あとで……いや、先に行っといたほうがいいかな?こっちにも道の駅があるんだけど、初めて行ったらちょっと驚くかもしれないよ」

そう言ってユタさんは右折のウインカーを出し、交差点を右に曲がった。

 

 しばらく走ると、左手に施設らしい建物が見えてきた。

そして駐車場入り口の標識の下には、左折のウインカーとブレーキランプが点いた車が何台も停まっていた。

「ここ?」

「そう。さっき言ってた道の駅。相変わらず多いな」

それでも少しずつ車は進み、数分待つうちに駐車場の中に入った。

駐車場の中も混んでいたけれど、警備員さんたちが誘導してくれたおかげで、案外スムーズに駐車スペースに停められた。

表示を見ると、第三駐車場とある。

「悪かったね、メグ。こんな遠いとこしか空いてなくて」

「私なら大丈夫よ。それにこのくらいスペースがあった方が、ユタさんも安心でしょう?」

「まあ、ね」

「ところで、驚くのって車の量?駐車場の広さ?」

「それもあるけど、まずは店の中にね」

店内に足を踏み入れて、びっくりした。

お客さんの人数が、今まで行ったことがある道の駅に比べてケタ違いに多かった。

「ふわぁ……」

「メグ、こっちに来てごらん」

 

 ユタさんのそばに行くと、そこにはたくさんの冷蔵ケースが並んでいた。

でも、どのケースもほとんど空っぽで。

冷凍の干物とか、すごく大きい丸物の魚が数匹あるだけだった。

「ああ、やっぱりちょっと時間が遅かったかな」

「どうしたの?いつもは、ここに何が並んでるの?」

「ここは、いつもは採れたての魚が並んでいるんだよ。漁港が近いからね。まさに産地直送なんだけど、その分人気があって時間が遅くなると売り切れになってしまうんだ」

「そうなんだ。あ、あっちは?あっちにも人がいっぱいいるけど」

「あちらは農産物。野菜も近所の農家の人が持ってくるから新鮮だよ。覗いてみる?」

「うん。お野菜買わないとって思ってたから」

 

 農産物のコーナーには、まだたくさんの野菜が並んでいた。

人気があるのか、空になった棚もあったけれど。

私はほうれん草ときゅうり、トマトを手に取った。

お惣菜やお弁当のコーナーもあれば、お菓子や調味料の棚もある。

「すごくたくさんの品揃えなのね。驚いちゃったわ」

「中に入ったら驚く、と言ったのわかっただろ?」

「うん、すごくよくわかった」

レジに並んで会計を済ませ、車に戻ろうとしたところでユタさんが足を止めた。

「メグ、腹へってない?」

「そういえば、少し」

「ここ、美味しいパン屋もあるんだよ。米粉を使ったパンなんだ」

「へえ。美味しそう」

 

 パン屋の店内も少し混雑していた。

商品を選んで、トングでトレイに乗せていく。

ユタさんはカレーパンと魚バーガー、私は明太フランスを選んだ。

「テラス席で食べようか」

ユタさんに誘われるまま、缶コーヒーを買ってテラス席に移動した。

海が見える、眺めがいい場所。

海風が心地よく吹いている。

「じゃあ、いただきます」

「いただきます」

初めて食べたパンは、もちもちとした触感でとても美味しかった。

「初めて食べたけど、とっても美味しかったわ」

「だろう?オレもたまにここに来たときしか食べないけど」

 

 食べ終わって、コーヒーを飲んでいるとユタさんが口を開いた。

「あのさ、メグがさ、一番知りたいことは、何なのか。聞いてもいいかな?」

「一番知りたい。かあさんのことについて、ってことだよね?」

「ああ」

“知りたいこと”そう聞かれてはじめて(私って、何を知りたいと思ってたんだろう?)と考えこんでしまった。

聞いたことがない人の名前を目にして。

その人の写真の存在が“知らない人だけど現実の人”として膨らんできて。

おまけに、もしかしたらその人が私を生んだ人かもしれなくて。

でも、何を知りたいかと言われたら。

「え……と」

「もしメグが、メグの本当の両親が誰なのかを知りたいだけだったら、戸籍を取ると知ることができる」

 

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