第23話

 「え?どうしたの?」

「いや、結構時間が経ってたのに気がつかなくってさ」

時計を見ると、いつの間にか十八時近くになっている。

五時間近く手紙や写真を、コーヒーすら飲まずに見ていたことになる。

「え?あ~どうしよう。お昼はうどんだったよね?何か作るなら買い物に行かなくちゃだけど」

「オレさ、あれ食べてみたい」

「あれ?」

「そう。前に話してくれただろう?夏鍋だっけ」

「あ、うん。覚えててくれたんだ」

「まあね。話を聞いた時に美味そうだなって思ったから」

「いいけど。ユタさんちって土鍋とかあるの?片手鍋と両手鍋とフライパンは見かけたことあるけど」

「もちろん土鍋はないよ。カセットコンロも、あると便利とは思うけど持ってない。オレが持ってるのは電気のやつだけど、それでも大丈夫かな?」

ちょっと待っててと言い残してユタさんは隣の部屋に行った。

しばらくして戻ってきた彼は、三十センチ角くらいの箱を持っていた。

「こないだ実家に帰った時に、余ってるから持って帰れって持たされたんだよ。でもひとりで鍋ってのは味気ないから、箱に入れたままだったんだよね」

そう言って見せてくれた箱には“電気ミニグリル鍋”と書いてあった。

 

 「え~?こんなのもあるの?実家にはホットプレートならあったけど、鍋ができるやつって初めて見たかも」

「そうなんだ?オレんとこは、このタイプの大きいやつを使っていたな。カセットコンロだと吹きこぼれの掃除が面倒とか言って。で、これを他所よそからもらったけど家族で使うには小さいから、オレにくれたってわけ」

「そうなんだ。へえ、便利そう」

「実家で使ってたやつは便利だったから、これもふつうに使えるんじゃないかな?」

「うん。これなら鍋っぽくなるね。じゃあ、お買い物に連れて行ってもらえる?」

「了解」

 

 近所のスーパーでレジカートを押しながら二人で買い物をした。

スーパーで一緒に買い物とか、滅多にないことなので新鮮でわくわくした。

こっそり(夫婦に見られてるかも?なんか照れくさいな)なんて思ったり。

買う材料は、とうさんと買った時と同じ。

違うのは、ビールとチューハイに加えて焼酎も買ったこと。

買い物に来るときに、車の中でユタさんが言ってきたのだ。

「今日は、メグは泊まって行くんだろう?」

「え?どうかしたの?」

「いや。せっかくの鍋だから、呑みたいなと思ってね」

「うん。私も一緒に呑みたい」

「じゃあ、決まりだな」

とうさんに教えてもらったとおりに調理を進める。

「へえ。こんな鍋、初めて食べた。シンプルだけどすごく美味いね」

ユタさんが食べながら感想を言ってくれた。

私もユタさんと食べる夏鍋は、とうさんと食べたときよりもさらに美味しく感じた。

 

 翌朝目が覚めると、ユタさんは先に目覚めてて朝食の用意をしてくれていた。

パジャマ代わりに貸してもらったTシャツから自分の服に着替えて、顔を洗ってキッチンに行く。

「おはようございます」

「おはよう。よく眠れた?」

「うん。ぐっすり。ユタさんは?」

「オレは、よくねむれなかったな……メグのいびきで」

「え?うそ?ほんとに??」

「うそうそ。いびきも歯ぎしりもなかったよ。まあオレも熟睡してたから」

「だったらいいけど」

「ははは。ちょうどパンも焼けたし、食べるか」

 

 トーストとコーヒー、フルーツヨーグルトの朝食を摂りながら私はユタさんに言った。 

「あのね。朝ご飯食べながらの話題じゃないかもだけど、いい?」

「ん?別にかまわないよ」

「ありがと。あのね、勘違いというか、全然違うかもしれないけど、もしかしたらって思い出したことがあるんだけど」

「どんなこと?」

「あれは高校?だったかな。国語の時間に、先生が雑談というかエピソードのひとつを話してくれたことがあったの」

「誰の?」

「誰のだったかは覚えてないんだけど、物書きの人が知人に歌で手紙を送ったんですって。ほら、五七五七七のやつ。その歌は五七五七七それぞれの一文字目を上から順に、そのあとに最後の文字を下から順に読むような暗号文になっていたって」

「ああ、なんかオレも似た話、聞いたような記憶があるぞ。どんな内容だったかは覚えてないけれど」

「私もうろ覚え……授業の内容なんてもっと覚えてないけれど。うっすらと“ぜにもほし”ということばだけ覚えてる。すごーい暗号だーって感動しちゃって、そのあとの先生の授業聞いてなかったんだよね」

 

 私はスマホを取りだして【和歌 ぜにもほし】と検索してみた。

すぐにいろんな検索結果が出てくる。

「あ、吉田兼好さんだったんだ。じゃあ徒然草の授業だったのかな?だとしたら古文の時?そこも覚えてないや」

学生だったんだな、メグは」

ユタさんが苦笑しながら言った。

そして私のスマホを取り、検索結果を読み始めた。

「ふうん。折句っていうのか。文字を句の中に折り込むとは難易度が高そうだな。使える言葉も決まってくるし。ん?もしかして、メグ?」

ユタさんが何か気づいたような表情で私を見た。

「あの手紙にも、何か言葉が折り込まれているかもってこと?」

「うん。もしかしたら、だけどね。だって、不自然な表現とか言葉とかあるし」

「そういうことも、あるかもしれないな。ダメもとで一度試してみるか?」

「うん」

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