第18話
スーパーから帰っても、とうさんはまだ帰ってなかった。
レジ袋から切り身の魚とビール、チューハイを取りだして、冷蔵庫にいれた。
野菜類と鶏肉は、調理台に置いた。
とうさんは“具材はいれなくてもいい”ような感じだったけれど、せっかくだから具だくさんにしたいもの。
そうめんを茹でるお湯を沸かしながら、大根・にんじん・しめじ・青梗菜・鶏肉を切っていく。
せっかくなら出汁から取りたかったけど、時短で顆粒ダシでいいよね。
鍋に水と具材、それと顆粒だしを入れて煮ながら、沸いたお湯で素麺を茹でる。
この前教えてもらった“茹でない素麺”に初挑戦だ。
(うまくできたら、ユタさんにも食べてもらおう。とうさんを実験台に使うのはちょっと気がひけるけど)
聞いたとおりに時間を計って、水でしめる。
確認のために、一本取って食べてみた。
「うわ、ほんとだ。ちゃんとゆだってる」
つい、ひとり言がでてしまった。
食器棚からにゅう麺用の丼と魚用の皿を出して食卓に置く。
具材に火が通ったので、塩と薄口しょうゆで味をととのえ、ふたをして火をとめた。
(素麵は、とうさんが帰ってから入れよう)
それから冷蔵庫から魚を出して、魚焼きグリルで塩焼きにした。
(そういえば、ウチって漬け物系はほとんど食べない家だったよな)
焼きあがった魚を皿に取り、食卓にならべた。
家の外で車のエンジン音が近づく音がした。
(とうさんかな?それとも宅配便?)
しばらくすると、玄関が開き『ただいま』ととうさんの声がした。
「おかえり~。ごはんできてるよ」
玄関に入ったばかりであろうとうさんに声をかける。
「ああ。手を洗ってから行こう」
とうさんの返事を聞いた私は、コンロの火をつけてにゅう麺用の汁を温め始めた。軽く沸騰したところに素麵を入れてひと煮立ちさせて火を止めた。
丼に素麵と具材を注ぎわけて、ねぎを散らす。
ちょうど配ぜんし終わった時、とうさんが台所に入ってきた。
「おかえり、とうさん。ナイスタイミング」
「ただいま。おお、おいしそうだな。さっそくいただくとしよう」
「うん。あ、ビール飲むでしょ?」
「ああ。もらおうか」
私はコップとビールを用意して、とうさんの前に置いた。
私はチューハイを出し、食卓に置いた。
「そういえば、七味が切れてたんだったね。買うの忘れてたわ」
「まあ、なければないでいいからな。……いただきます」
「いただきます」
私ととうさんは、それぞれ食べ始めた。
ズズ、ズズズ、麺をすする音とダシを飲む音だけが食卓に響いた。
「うん。美味い。お前も料理をするようになったんだな」
とうさんが言った。
「そりゃあ、ひとり暮らししてるもの。たまには作るわよ。家にいたときは、かあさんに作ってもらうばっかりだったけど」
「ああ。『
「そういえば、かあさん、素麵嫌いだったよね?あまり作ってもらった記憶がないんだけど」
「独特の口当たりが苦手だ、と言ってたことはあるな。それでも、愛美が小さいときは我慢して冷やし素麵を作ってくれたこともあるんだぞ?」
「ほんとに?覚えてない。素麵といったら年に一~二回の、にゅう麺の記憶しかないよ」
「そうか?毎年、ひと夏に何回か冷やし素麵をたべたぞ。一度なんか、あまりにも愛美がせがむから、かあさん腹を立てて洗面器ぐらい大きな器に山盛りの素麵をゆがいたことがあったな」
「洗面器……そのものじゃないよね?」
「それは、もちろんだよ。いくらかあさんでも、そんなことはしない。なんていうんだ?あの……ちらし寿司作る時に使っていただろう?あれだよ」
「寿司桶?うちの?あれって結構大きかったんじゃない?それに山盛りの素麵って、すごい量だよね」
なんだか気が遠くなった。
かあさん、いったい何把茹でたんだろう?
それも、腹を立ててって。
やけ食いならぬやけ茹で?
「ねえ、その素麵、その日に食べちゃったの?」
「まさか。かあさんはおまえに『あんたが食べたいって言ったから作ったのよ。責任もって食べなさい』と怒るし、おまえは怒られたもんだから泣くばっかりでロクに食べやしない」
「どう、なったの?」
「とうさんが、翌日から朝・昼・晩と二日かけて食べたよ」
「……ごめんなさい」
「まあ、とうさんは素麵好きだったから食べたが。さすがにあの時ばかりは“二度と食べたくない”と思ったよ。結局、今でも食べてるがな」
「うん」
とうさんにもかあさんにも、ごめんなさいだな。
「ところで、このにゅう麺、ほんとに美味しいぞ。かあさんも料理はうまかったが、それにも負けていない」
「ほんと?ありがとう」
「かあさんと同じ薄味だし。鶏がちょっと硬いか?」
「あのね、親鳥を使ってみたの。硬めだけどいい出汁がでるって、職場の先輩が言ってたから」
私は美保先輩の顔を思い出して言った。
「職場にね、とても面倒見がいい先輩がいるの。いろいろ世話も焼いてくれるし」
「いい先輩に恵まれたな」
「うん。係長も優しいし。それに……」
「うん?」
「ううん。なんでもない。ごちそうさま」
つい、ユタさんのことを言いそうになっていた。
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