第17話

 マナ……って、写真に写ってた誰だかわからない、母さんに似てる人?

あの人が、かあさんの妹なの?

(他の手紙に、何か書いてあるかもしれない)そう思った私は、読んだ手紙を元の封筒に入れ、別の封筒から中身を出した。

最初の手紙と同じ筆跡が並んでいる。

これも“マナ”さんからの手紙なんだろう。

“ヒトミねえさんへ”

“目の調子は、どう?”

“具合悪いって言ってたから、心配しています”

“見え方に、問題はないわよね?”

“兄さんも、心配していたわよ”

“あいつは、無理するからって”

“いつも、ねえさんは頑張り屋だったから”

“たまには、手抜きしなくっちゃ”

“いつも手抜きの私からは言われたくないかな?”

“じゃあ、また”

手紙を封筒に入れながら、考えた。

この手紙もなんの変哲もない、普通の手紙。

でも、かあさんが目の調子悪いことってあったっけ?

小さいころの記憶があいまいだから、はっきりしないな。

 

 そのまま、私は三通目の手紙をひらいた。

今までの二通と比べて、なんとなく筆圧が弱くて文字がか細い気がするけど。

いつものペンとは違うのかな?

おまけに、いつもよりたくさん書いてある。

“ヒトミねえさんへ”

“目の具合は、そのあとどう?”

“具合はよくなってきてる?”

“見え方は、変わらないよね?”

“大人になると、治りが悪いのかしら”

“良くなったら、お出かけしましょうね”

“ロケーションで一か所おすすめしたいのよ”

“静かだし”

“加えて、素敵なことがあるの”

“教えてあげましょうか?”

“ねえさんが、きっと喜ぶものよ”

“伽藍があるのだけど、それが素敵なの”

“いつか、一緒に行きたいなって思っているのよ”

“静かな場所で、心を落ち着けましょうってね”

“まずは、いつものねえさんに戻ることからだわね”

“すぐに願いが、かないますように”

 

 妹からお姉さんへの手紙?

私はひとりっ子だからわからないけれど、こんな書き方をするものなのかな?

もちろん、今みたいにメールとかない頃だから手紙なのだろうけれど。

電話でも済んじゃうような内容だよね?

わざわざ手紙に?

よくわからないまま、私はその手紙も封筒に戻した。

箱に残った封筒は、あと三通あった。

それらも、確認してみた。

こちらも宛先は全部かあさんだった。

一通は、“誕生日おめでとう”のメッセージカードだった。

差出人の名前はなかったけれど、文字で“マナ”さんだとわかった。

次の一通には写真が入っていた。

若い男の人と、和服を着て赤ちゃんを抱いている女の人の写真。

ふたりとも幸せそうに微笑んでいる。

(あれ?これ、私?)

伯父さんに見せてもらったビデオに写ってた赤ちゃんが、写真に写っていた。

(これ、とうさんとかあさんと私?)

赤ちゃんが私なのは確かだから、一緒に写っているのはとうさんとかあさんのはず。

でも、なんとなく違和感があった。

裏を返すと、あの文字で“おおきくなったでしょう?”と書いてあった。

 

 最後の一通は、それまでのものより大きかった。

中を覗くと、封筒の大きさにそぐわない小さな便箋が一枚入っていただけだった。

封筒をさかさにして取りだすと、それもまた“マナ”さんの文字で文章が書かれていた。

筆圧が、かなり弱い。

“ヒトミねえさんへ”

“この詩を、使うのは最期にしましょう”

“思い出として、持っていてほしいわ”

“あの子には、知られないようにしてね”

“私と、ねえさんのために……”

“忘れてほしくは、ないけれど”

それだけだった。

 

 (詩?)

詩といったら、かあさんの部屋で見つけた小冊子しか思いつかなかった。

(詩を使うのは最期に?どういうこと?この手紙たちも、なんだか気になるし)

私は、手紙を箱に戻した。

そしてそのまま、元の箱には戻さずアパートに持って帰ることにした。

ふと時計を見ると、十七時を過ぎていた。

(夕ごはん、どうしよう)

そう考えながら台所に行った。

(あ、とうさんに何か食べたいもの聞いたがいいよね?)

そう考え直して、とうさんの部屋の戸を叩いた。

「とうさん、いる?夕ごはん、何を作ろうか?」

返事がなかった。

戸を開けて中をのぞいてみても、誰もいない。

外に出て車庫に行ってみると、とうさんの車がなかった。

(いつの間に、出かけたんだろう?夕方だから、もう帰ってくるよね)そう思って家に戻り、台所に入った。

炊飯器のふたをあける。

(ごはんが残り少ないな。ごはんがないなら、麺もの?なにか乾麺あったかな?)

かあさんがいつも麺類のストックをいれていた棚を開くと、もらい物なのか箱に入ったままの素麺があった。

(やっぱり、電話して聞いてみよう)私は部屋に戻ってスマホを持ち、台所に戻った。

 

とうさんに電話をかける。

(プルルル、プルルル、プルルル、プルルル、プルルル、ピッ)

「もしもし、愛美めぐみか。どうした?」

「とうさん、今どこ?夕ご飯作ろうかと思ったけれど、出かけてるみたいだったから」

「ああ、もうそんな時間か。夕飯、なあ」

「うん。ごはんが少ないみたいだから、どうしようかと思って。素麵ならあるんだけど」

「素麺か。もうそんな季節じゃないしな。冷蔵庫の中はどうだ?何か入ってたか?」

「まだ見てないけど。ちょっと待って……ハムとたまごならあるけど。素麺のつゆはないし。今からスーパー行って、なにか買ってこようか?」

「そうだな……素麺があるなら、にゅう麺はどうだ?」

「あ~!にゅう麺、いいかも。でもやっぱりスーパー行ってくるよ。葱もないみたいだから。あと野菜もいれたいし」

「そうだな。だったら愛美に任せるか」

「うん」

電話を切った私は部屋に戻り、車の鍵や財布を入れたバッグを持ち、スーパーへ向かった。

 

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