第15話

 「名前?」

「ああ。本の最後のページというか、裏表紙のところに名前が書いてあるんだ。昔の人は、自分の持ち物に名前を書いてたらしいけれど、本当だったんだな」

「誰の名前が書いてあるの?ちょっと見せて」

ユタさんから本を受け取り、名前が書いてある部分を開く。

そこには、かあさんの旧姓と“ヒトミ”という名前が書いてあった。

「ヒトミ。かあさんの名前だ。この本、かあさんのものだったんだね」

「へえ。お母さん、ヒトミさんって名前だったんだ」

「うん。あまり好きじゃなかったみたい。自分の名前なのにね」

「まあ、憧れてた名前があったのかもしれないしね。他の本には?名前は書いてあるのかな?」

「どうだろう?全部、見てみなくちゃね」

 

 そうして、二人で手分けして残りの本を調べた。

ページの間に何か挟まっていないかも、もちろん調べた。

「この、ツグオさんというのは?」

「それは、おじいちゃん」

「じゃあ、ミツオさんは?」

「それは、伯父さん」

十冊ちょっとあった本のすべてに、かあさんたち三人の名前が記されていた。

ほとんどが純文学の本だったけれど、一冊だけマンガがあった。

戦争がモチーフの、動物が主人公のマンガ。

おじいちゃんの名前が書いてあった。

「この本、復刻版らしいから。懐かしくて買ったんじゃないかな?」

を見ながら、ユタさんが言った。

 

 そして最後の一冊。

調べていた本たちと同じハードカバーの本だけど、背表紙にも表紙にもタイトルが記されていなかった。

おまけに、他の本よりもずっと薄かった。

そのくせ、持つとずしりと重みを感じた。

「これ、なんか違う感じ」

そう言って、私は表紙をめくった。

「!!!」

そこには、紙に直接貼りつけてある、写真がならんでいた。

 

 「写真!」

「え?」

「これ、本だと思っていたら、中に写真が貼ってあるの」

ユタさんにむけて広げるようにして、テーブルの上に本を置いた。

硬い表紙の中に薄茶色の紙が綴じられていて、その紙には今のよりも小さめの白黒の写真が貼りつけられていた。

「これって、アルバムになるのかな?」

「まあ、アルバムは、写真や切手を整理したり保存したりするものだから、これもアルバムと言えるだろうけどね」

「古い写真。だれなのか、全然わからない」

わからないけれど、しっかり見ようと思って机の上からアルバムを取り、手に持ってめくっていった。

晴れ着っぽい着物を着た人や洋服を着た人。

ひとりだけだったり、何人かで写ってたり。

さいごのページに、一枚だけ貼りつけられていない写真があった。

二十人ほどの学生服姿が写った写真。

裏返してみると、人数分の人の形の絵が薄く書いてあり、三か所に名前が書かれていた。

『ヒトミ』『ミツオ』『マナ』

 

 私は写真のうらの文字を見て、頭の中が疑問符でいっぱいになった。

(ヒトミ、ミツオは、わかるけど。マナって、だれ?)

動きを止めた私に気づいたユタさんが声をかけてきた。

「どうした?何か見つかった?」

「この写真の裏に、名前が書いてあるんだけど。かあさんと伯父さんの名前と、もうひとり知らない名前なの」

「知らない?」

「うん」

そう言って私は写真をユタさんに見せた。

「この写真。裏と一緒に見てみて」

 

 裏の絵をスマホのカメラアプリで撮影し、画面に表示させて写真の横に並べる。

「ここがヒトミで、ここがミツオ。男女の位置から考えて、写真のこの人がかあさんで、この人が伯父さんになると思う。そしてもうひとりが」

私は写真の中から、知らない名前の人を探し出して指さした。

「この人が、知らない名前の人。マナさん」

ユタさんはしばらく写真を見たあとに、言った。

「このマナさんって人。メグのお母さんのヒトミさんに似ている気がする」

「え?ほんとに?」

写真を受け取り、二人を見比べてみる。

集合写真で、一人ひとりが小さくしか写ってないからわかりにくい。

私は再度カメラアプリを立ち上げて、ふたりをそれぞれできるだけアップになるように写し、加工アプリでトリミングして保存した。

そして二枚の写真を、スワイプで交互に表示させながら見比べた。

 

 「目元とか鼻とかよく似てるわ。年齢は同じくらい?」

離れて写っていると気づきにくいけれど、並べてみると似ているのがよくわかった。

「他人だったら、こんなには似ないよね?親戚だったら、聞いたことくらいはあるはずだし」

「お父さんとか、伯父さんに聞いたらわかるんじゃないの?」

そうユタさんは言ってくれた。

でも、私はふたりのどちらにも、聞くような気持ちになれなかった。

なんとなくだけど、聞いたらいけないような、そんな気がしたのだ。

「うん。そのうち、機会があったら聞いてみる」

そう言って、もう一度アルバムを最初から見直してみた。

人物だけが写っているものもあれば、田舎の家の庭先で撮ったらしい写真もある。

その一枚に、ふと違和感をおぼえた。

この間訪れた時にはなかったものが、写真の端の方に少しだけど写っていたのだ。

「この建物。この前はなかったと思うけど、なんだと思う?」

私はユタさんに写真を見せた。

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