第12話

 「あなた、誰?どこの人?そのウチに何か用事?」

咎めるような口調に、思わず振り返った。

門のところにエプロン掛けの女性が立って、こちらを向いていた。

「あ、はい。この家、私の母の実家で。お墓参りのついでに、寄らせてもらおうと思って。伯父から鍵を借りてきたんです」

そう言って手にした鍵を持ち上げた。

 

 不審者ではないかと疑うような視線を私に向けつつ、その女性は門を入って私の方に近づいてきた。

「この家が、あんたのお母さんの実家?ツグオさんとこの子供は、ヒトミ……」

「そうです。ヒトミが私の母です」

「ヒトミちゃんの?でも……」

「?」

「いえ、何でもないのよ。あなたがヒトミちゃんの娘さん?ずっと前に、ヒトミちゃんが女の子を連れて、ここに連れて来てたのを何回か見たことはあるけど。あの時の子があんたかね。まあ、りっぱな娘さんになって」

女性は、急に親しげに話し始めた。

 

 「それで?今日は、ヒトミちゃ……お母さんは一緒には来てないのかね?」

「母は、亡くなりました。今日は、私ひとりです」

「え?」

私の答えに、女性は声をつまらせた。

「亡くなったって、ほんとに?」

「はい。咋日、初盆もすませました。亡くなった時、あまりあちこちには、知らせなかったんです。新聞にも載せないよう、お願いしましたし」

「そう。知らなかったとはいえ、ごめんなさいね。寂しくなったわね。それにしても、ヒトミちゃんもだなんて」

「え?」

「あぁ、こっちの話よ。お父さんは、元気にされてるの?」

「はい、おかげさまで。ほんとは今日、一緒にと誘ったのですが、用事があるらしくて」

「そう。お父さんを大事にしてあげなさいね」

「はい。ありがとうございます」

 

 女性が立ち去った後、彼女の言葉に気になるものを感じながら、私は玄関の鍵を開けて、家の中に入った。

ワンルームの私のアパートのそれよりは広いけれど、狭い玄関。

むかって右が下駄箱で左に木のドア、そして正面には障子が二枚。

正面の障子の左側を開くと、そこには畳が敷いてあった。

「玄関を入ってすぐ畳って、なんだか新鮮かも」

実家もアパートも、玄関を入ったら廊下を通らないと部屋に入れない家しか知らない私には新鮮なつくりだったので、思わずひとりごとをつぶやいた。

つづいて左側のドアを押して開ける。

「わあ、縁側だ」

突き当りに、木製のとびらがある縁側に靴を脱いであがり、まずは左側のカーテンをあけて、窓を全開にした。

「行ったら窓をあけて、家の中に風を通しておいてくれ」という伯父さんの頼みでもあったし、何よりも“危ないから電気はつかないように止めてある”ので、暗い家の中に光をいれるためでもあった。

 

 縁側に面した障子を開けると、六畳の和室だった。

部屋の右奥には大きめの、六個の引き出しがあり一番上が引き違い戸になっているタンスがひと棹。

右側は四枚の襖が入っていた。

左側は壁で、一番右端は襖一枚分くらいの、扉がない押入れのようだった。

まっすぐ進んだ、障子の向かい側の襖を開けた先も六畳の和室。

右側は二枚の襖と、さっきと同じようなタンスがひと棹、左側は襖四枚分にわけられて、真ん中二枚が普通の襖で、その左右がそれぞれ開き戸みたいな作りになっていた。

その部屋の奥のカーテンをひらくと、障子に似た感じのすりガラスの引戸があった。

扉を開けようと、クレセントを探したけれどみあたらない。

「鍵は?どこ?」

よく見ると、クレセントがあるあたりに金属のツマミのようなものが見えた。

「これ、かな?形からみて、つまんで回したらいいのかな?」

つぶやきながら右に回してみる。

回すにつれて、つまみは手前に出っ張ってきた。

回していた指に感じていた抵抗がなくなったのでツマミから指を離すと、そのまま、だらんと下に垂れた。


 (こんな鍵、はじめてかも)

その鍵みたいなものは、金属製でちょっと長くて、ネジみたいな形をしていた。

「これでガラス戸を固定してるんだ」

つぶやきながら引戸をあける。

ガラス戸の向こうには、雑草が生い茂る、広くもない庭がひろがっていた。

足元を見ると、平たい石が地面に埋め込まれていた。

右側の襖を開くと、ほかの部屋より少し狭い感じの板の間があった。

正面は壁で、壁の前には、机がふたつと、そのあいだに少し小さめで、形は前のふた部屋にあったのと同じタンスがひと棹並んで置いてある。

(机がふたつ。伯父さんとかあさん、ふたりで一部屋使ってたのかな)

そう思いながら、左奥にある庭に面したガラス戸を開けることにした。

ひとつ前の部屋と同じ作りの鍵だったから、今度は迷わずに開けることができた。

そして、机に向かって右側の襖を開けた。

そこは、玄関を入ってすぐの部屋だった。

家具らしい家具は、何も置いていない。

その部屋の、玄関から一番奥まったところに一枚分の襖戸があった。

開いた先は、炊事場だった。

炊事場の奥の窓を開き、木で作られた勝手口の扉を開く。

「これで、全部あけたかな?」

 

 玄関すぐの部屋にもどり、改めて室内を見回してみる。

「やっぱり、覚えてないや」

ふと時計を見ると、とっくにお昼を過ぎていた。

私はバッグからおにぎりとお茶を出して昼食をすませ、ユタさんにメールを打った。

『無事に田舎の家に着いて、墓参りその他をすませています。初めて見た鍵があったりで、びっくり』

『あと、近所の人らしいおばちゃんが、私が小さいときに来てたのを覚えてるって。最初は不審者と思われたみたいだったけど』

しばらくして、ユタさんからの返信が来た。

『お疲れ様。不審者扱いはひどいな(笑)初めて見た鍵って、どんなの?』

ユタさんからの問いに答えるため、私はさっきの鍵の写真を撮り、メールで送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る