第10話

 夕方になってうちに来てくれたユタさんに、動画のことを話した。

とうさんたちと三人でビデオテープを観ていたら、急にテープが切れてしまったことも。

「偶然だとは思うけどね。データのコピーは、取ってあるんだろう?じゃあ、オレのうちで観るといいよ」

「いいの?」

「ああ。古いPCが何台かあるし、もう使わないやつだから、万一壊れてもかまわないし」

 

 ユタさんがそう言ってくれたので、昨日ファイルをコピーしたCD-Rと、財布やスマホなどをいれた愛用のバッグを持ってユタさんの車に乗り、久しぶりに彼の部屋に行った。

古いスマホの充電もできていたけれど、PCのほうが画面が大きいからよく見えるはず。

久しぶりに訪れる彼の部屋は、あいかわらずシンプルで片づいている。

物であふれている私の部屋とは、大違いだ。

床に置いてある丸テーブルの窓側、私の指定席に座り彼が来るのを待つ。

しばらくして、ユタさんが奥の部屋からノートPCを持ってきてテーブルに置いた。

ディスクトレイをひらいてCD-Rをセットする。

ぼどなくブゥーンとディスクが回転する音がしだした。

ダイアログボックスに表示されたファイルを選んでダブルクリックする。

再生画面が開いて、動画の再生が始まった。

 

 小さな赤ちゃんが写り、女の人が写る。

「この赤ちゃん、私なんだって」

「へえ。当たり前だけど、小さいな」

「私も、そう思う。あ、この辺で声が聞こえだすの」

ユタさんがマウスを操作して、スピーカーの音量を最大にする。

小さいながら、おじさんのビデオで観た時よりは大きな音が流れてくる。

小さな声が、メロディーをともなって聞こえてくる。

 

『You sleep well well』

 

「ここ!今のとこ。sleepって、聞こえたでしょ?」

「ああ。sleepって聞こえたな」

「聞き間違いじゃ、なかったんだ」

その時、PCからキュルキュルと音が聞こえ、プッと画面が暗くなった。

「ここよ。ここでテープが切れちゃったみたいで。ビデオが観られなくなったの」

「そうか。もう少し長く観られたらもっと聞けたのだろうけど」

「でも、聞き間違いじゃなかったのがわかっただけで、十分だわ」

 

 ユタさんに頼んで、なんどか再生してもらう。

ビデオテープのときとは違って、再生用の機械が壊れることもなさそうだった。

ユタさんがPCを外部スピーカーにつないで、さらに大きな音で聞けるようにしてくれた。

最初の時より格段に大きく聞こえるようになり、言葉はよく聞き取れない部分でも、メロディーは追えるようになっていた。

何度か聞いているうちに憶えたメロディーを鼻歌で口ずさんでいたとき、私はあることを思いだした。

 

 「私、このメロディーに聞きおぼえがある」

「え?」

「この歌。小さいときに聞いていような気がするの。歌詞はわからないけど、メロディーにおぼえがあるの」

「よく、おぼえてたね」

「小さい頃だから、あやふやなんだけど。ときどき、このメロディーを聞いてた気がする」

「だれが歌ってたか、おぼえてる?」

「ううん」

私は少し考えて、頭を横にふった。

 

 「女の人の声だというのは、おぼえているの。だからきっと、かあさんだと思うのだけど。歌っている人の姿は、見てないの」

私は記憶をよびおこしながら、つづけた。

「ひとりで庭で遊んでいるときとか、部屋の中で遊んでいるときとか。ふとしたはずみに、聞こえているのに気がつくの。それで(あ、いつもの曲だ)って思いながら聞いていると、なんだかふわっとした気分になってたの」

「そうだったんだ」

「それがね」

「うん?」

「遊びながら聞いていたはずなのに、気がついたら朝になっていて、それもちゃんと布団で寝ているの」

「え?部屋だけじゃなく、庭で遊んでても?」

「うん」

「遊んでるのって、昼間だろう?」

「そう」

「それで起きたら朝って。遊び疲れて、ごはんも食べないで、そのまま寝ちゃってたんじゃないの?」

「それは、ないわ。ちゃんとパジャマだったし」

 

 不思議そうな顔をして、ユタさんが聞いてくる。 

「パジャマは、まあ、大人が着替えさせてくれてたとしても。目が覚めたとき、めちゃくちゃおなかがすいてたんじゃないの?」

「そういうことも、なかったわ。ちゃんと夕ご飯食べて寝た、翌朝とおんなじくらい」

「ますます、不思議だな」

「そうなのよね。このメロディって、歌詞にもsleepってあったから子守歌かも?って考えてたけど。もしかして、ほんとに子守歌だったのかな?」

「子守歌って。赤ちゃんとか、ごく小さい子を寝つかせる時に、布団に寝かせたり抱っこしたりした時に歌うものだろう?起きている、そこそこ大きくなった子に聞かせるのは、子守唄とは違う気もするけれど」

「だよね。でね、いつの間にか寝てたというのも不思議なんだけど、もっと不思議なのは、そのことを今まですっかり忘れちゃってたということなの」

「忘れてた?」

「うん。さっき歌声聞いて、メロディ口ずさむまで。そんな、遊んでる途中に寝ちゃうなんてヘンな体験、忘れるはずないと思うんだけど」

「確かにね。お、もうこんな時間か。メシ食いに行くか。メグが言ってた“夏鍋”も気にはなるけど、また今度な」

 

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