第9話
「呼んだ?とうさん」
「ああ。そろそろ夕飯にしようかと思ってな」
「夏鍋ね。じゃあ、作ろうかな。材料はどう切ったらいいの?」
「鶏肉は食べやすい大きさで、キャベツはざく切りでいいらしい」
「簡単なんだね。料理によったら、何センチくらいって指定されるから面倒なんだよね。鍋はどの鍋を使う?」
「土鍋もいいが、今日はこの鉄鍋にしようか。大きさもちょうどいい」
「うん」
食卓の上にカセットコンロを置く。
これを使うのはひさしぶりだ。
私はとうさんの指示に従って、鉄鍋に鶏肉を三種類入れて、ひたひたの水とにんにくをいれてコンロの上に置き、火をつけた。
「出てきた灰汁をとって沸騰したら、キャベツをいれるんだ」
できあがった鍋は一面キャベツの緑色で、慣れ親しんだ鍋っぽくなく、ホントにおいしいのかな?と思えるものだった。
「できあがったら、まずダシをマグカップなんかに少しとって、塩で調味して、スープとして楽しむらしい」
「塩の量は?」
「それも好みと言ってたな。多すぎると辛いから、少しずつ味見しながら塩を増やすといいらしい」
カップにダシをおたま一杯分入れて、アジシオをひと振り。
「お塩たりないけど、入れなくても美味しい~」
見た目のそっけなさとはうらはらで、鶏のうまみとキャベツの甘みで、美味しいスープができていた。
「うん。確かに、おすすめしてくれるだけのことはある。これは美味い」
ふたりして無言のままスープを飲み終えた。
「具材はどうやって食べるの?」
「ポン酢でもいいそうだが、さっきのスープみたいにダシを小鉢にとって、スープの時よりは多めに塩をいれて、それにつけて食べるといいと言っていたよ」
「なんか、なんでも適当でいいなんて、私向きかも。あ、食べるなら飲み物飲み物」
冷蔵庫からビールとチューハイを出し、コップを準備して食卓に置く。とうさんはビール、私はチューハイだ。
「いただきます」
初めて食べた夏鍋はさっぱりしていて、想像よりずっと美味しかった。
(これなら暑い夏でも、食べたくなるかもね。ユタさんにも、作ってあげようかな)そんなことを考えていた。
「ねえ、とうさん。冬に鍋する時って、最後にシメを入れるでしょう?うどんだったり、ご飯入れて雑炊にしたり。夏鍋は、どうするの?」
「ふむ。シメのことまでは聞かなかったな」
「スープも一緒に食べちゃうから、シメの分まで残らないのかもね」
「そうかもしれないな」
食事と片づけが終わってから部屋に戻り、スマホを開く。
ユタさんからメールが届いていた。
『法事は無事に済んだかな?今夜は、取引先と飲みに行かないといけない。行きたくないけれど行ってきます』
『お疲れ様です。おかげさまで法事は無事にすみました。今夜は、こちらに泊まります。とうさんに教えてもらった鍋がおいしかったから、今度、一緒に食べよう』
そう送ったあと、今度は自分のPCアドレスを呼び出し、昼間撮った動画をファイル添付して送信した。
いくら古いとは言っても、目の前で動かなくなったビデオカメラのことを思い出し、念のためと思ったのだ。
まさか映像そのもののせいで、壊れたなんてことはないと思うのだけど。
ガラケー時代に、機械を信頼して本体だけに保存してたら、うっかり水に濡らして画像データをダメにしてしまったことがあるのだ。
その苦い経験から、大事な動画や写真は複数か所に保存するのを、習慣にしていた。
そして用心して画像を開かないまま、動画の声を思いだしてみた。
(英語のヒアリング能力はないし、声も小さかったけれど、それでも『sleep』と聞こえた気がする。確認してみたいけれど、もしこのスマホが壊れたら困るし。古いやつどこにしまってたっけ?)
そんなことを考えていたら眠れなくなりそうだったので、台所に行き冷蔵庫で冷えていた缶チューハイを一本拝借して部屋に戻り、飲みながら動画サイトを開いて、眠るまでの時間を過ごした。
翌日、アパートに戻った私は、昔使っていたスマホを探すことから始めた。
狭い部屋なのに、なかなか見つからない。
ようやく探し出し、運よく一緒に保管してあった充電ケーブルで充電を始めた。
スマホの中身はカラ状態だし、もう使わないので万一壊れても大丈夫。
充電を待つ間に、今度はPCを立ち上げて、昨日送ったメールの添付ファイルをCD-Rに保存させる。
ファイルを開いて、映像データとしてCD-Rに焼いてもよかったけれど、もしもPCが壊れたら、ものすごく困ってしまう。
(ビデオカメラが壊れたのが、トラウマになってるんだよな)
ひと通りの作業を終えた私は、彼にメールを送った。
『昨日、法事のあとに、気になるものを見せてもらったの。一緒に見てもらえる?』
しばらくして返事が来た。
『いま、ちょっと立て込んでるから。夕方、そっちに行くよ』
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