第8話

 「そういえば、とうさん。この前かあさんの部屋をかたづけた時に、アルバムが見当たらなかったんだけど、違う場所においてあるのかな?」

「アルバム?アルバムなら茶の間にあるだろう?」

「あれじゃなくて、かあさんが若い時の写真とかが貼ってあるやつ。結婚するときに、持ってきてなかったのかな?」

「さあ?とうさんは、見せてもらったことはないが。義兄さんのところには、ありませんか?」

「私のところにもないな。田舎の家に、置きっぱなしなのかもしれないが、誰も住んでないし。あの家も、長いこと行ってないな。じいさんたちの墓参りに行っても、そのまま帰ってくるし。アルバムがあったとしても、あいつは写真が嫌いだったから、ほとんど撮ってないんじゃないか?家族でそろって写真を撮るということも、あまりなかったように思うぞ」

「そうなんだ。あるなら見てみたかったけどな。あれ?でも茶の間のアルバムにも、私の赤ちゃんの時とか小さいころの写真って、あまりないよね」

「ああ。実はな、おまえがずっと小さい時に、住んでた家の隣が火事になって、その時に焼けてしまったんだよ」

 

 私は、とうさんの口から思いがけない言葉を聞いて、びっくりして問い返した。 

「お隣の火事で?そんなに、大きな火事だったの?」

「いや。火事そのものは、そんなに大きくはないのだが。愛美めぐみは“長屋”ってわかるか?」

「うん。時代劇に出てきたりするやつでしょう?」

「ああ。まあ似ているかな。あんなに何軒もじゃなく、二軒ずつでひとつの建物になっていたんだが、木造だったから火の回りも早くてな。ウチのほうは半焼で済んだが、隣との境の部屋の壁際にアルバムは置いていたからな」

「じゃあ、今あるアルバムの写真って?」

「火事の時にたまたま別の部屋においていた、まだアルバムに貼ってなかったやつと、火事の後に撮ったものだよ」

「そうなんだ。ずっと、気にはなっていたのね、小さい時の写真が少ないなって。やっと理由がわかってすっきりした。あっと、もうこんな時間?私、そろそろ帰るね」

 

 そう言うと、とうさんがのんびりとした口調で言った。

「今からか?今からだと帰りつくのが遅くならないか?今夜は泊って、明日帰ればいいだろう?」

「う~ん。どうしようかな。明日は日曜日だし、そうしようかな。じゃあ今夜は、とうさんが食べたい物を作ってあげる。作れるものだったら、だけど」

「頼りになるのかならないのか、相変わらずだな愛美は。焼き肉か鍋でいいぞ」

「え~?材料を切るだけって。そこまで料理下手じゃあないよ」

「はっはっは。じゃあ、期待するかな」

 

 私たちの話を聞いていた伯父さんが、横から口をはさんだ。

「愛美も、あっちでひとり暮らしならわかるだろう?ひとりで食べるのに、鍋とか焼き肉とかするか?」

「ううん。しない」

「じゃあ、焼き肉でも鍋でも、一緒に食べてやりなさい」

「は~い。じゃあ、とうさん。しゃぶしゃぶでいい?」

「そりゃあ、かまわんが。だったら夏鍋にしてみないか?」

「なつなべって?」

「知り合いに、レシピを聞いたんだよ。鍋と言えば冬のイメージだけど、夏でも食べたくなる鍋ということらしい。ただ、ひとりじゃちょっとな」

「いいよ。私も食べてみたくなった」

「それならいったん帰ってから、買い物に行くか。義兄さん、今日は、お忙しいところありがとうございました。それから、カメラを修理に出される時は、おっしゃってください」

伯父さんを迎えに来たタクシーを見送り、私ととうさんはそれぞれの車で家に向かった。

 

 帰宅して着替えてから、私はとうさんが運転する車の助手席に乗り換え、近所のスーパーに向かった。

スーパーに向かう車の中で、私はとうさんに尋ねた。 

「とうさん。さっき言ってた夏鍋って材料は何を使うの?」

「キャベツと鶏肉だと言ってたな。あとは鷹の爪とにんにく……これは好みらしいが」

「ふうん。材料は、シンプルなんだね。味つけは?」

「鍋の中では味つけしないらしい。そこは、水炊きとかしゃぶしゃぶと似てるかな」

「鶏肉は、何を使うの?」

「それも好みでいいらしい。モモでもムネでも。ぶつ切りを使うと、ダシがよくでておいしいと言ってたがな。ちょっと食べにくいのが難点らしい」

「そういえばうちの鶏料理って、骨つきのを使ったことなかったね。中学校の給食でフライドチキン出た時に『お肉に何か固いものが入ってる』って騒いで、クラスの子に笑われたもん」

「骨があるとゴミが増えるからって、かあさんが嫌がったんだよ。ゴミステーションが遠かったからな。持っていくのが大変だって」

「そんな理由だったんだ。今日はどうする?」

「そうだな……モモもムネもぶつ切りも、全部少しずつ入れてみるか」

「それいいかも。食べ比べできるし」

 

 スーパーに着き、レジカゴにキャベツひと玉、鶏肉はモモとムネは一枚入りをひとパックずつ、ぶつ切りは五個入っているのをひとパック入れた。

「にんにくと鷹の爪は?」

「にんにくはチューブのやつがあるが、鷹の爪は余っても仕方がないからな。辛味がほしい時は、七味を入れることにしよう」

「は~い」

そしてカートに、缶ビールと缶チューハイを二本ずつ入れて、レジで会計をすませ(支払はとうさんがしてくれた)家に戻った。

家に入って、まずかあさんの位牌に線香をあげた。

食事の時間までは、まだ時間がある。 

かあさんの部屋のドアを開けて、中をのぞきこんだ。

 

 部屋の中は、私がかたづけたときのままだった。

部屋に入り、三面鏡を開いてみる。

大人になってからでも、触ろうとすると怒られていたこの三面鏡は、私にとってはずっと“秘密の世界への入り口”だった。

一度だけ、ドアがちゃんと閉じてない時に、中でかあさんが鏡を開いてお化粧している姿を、見たことがある。

三枚の鏡がそれぞれを写し、それがさらに写りこんで、どこまでもどこまでも続いていく。そんな錯覚をおぼえた。

かあさんは私が見ていることに気づくと、ドアをきっちりとしめてしまったから、その光景が見られたのはそれっきりだったけれど。

 

 鏡をとじて、今度は引き出しを開けてみる。

このまえかたづけたから、からっぽの引き出し。

閉めようとしたとき(カタッ)と小さな音がした。

引っ張り出してみてもなにも入っていない。

(?何の音?)ためしに引き出しを軽くゆすってみると、また小さな音。

引き出しを取り出してひっくり返してみると、そこには小くて透明な細長いプラスチックケースが貼りつけてあり、なかにはちいさなアトマイザーみたいなものが入れてあった。

ひっぱってみると簡単に取れる。

引き出しとケースそれぞれに面ファスナーが貼りつけてあって、それで貼りつけてあったのだ。

「これは気づかないわよね。でもこれ、なんで、隠してあったんだろう?とうさんなら知ってるかな?」

そのとき茶の間のほうから、とうさんが私を呼ぶ声が聞こえた。

私はケースを上着のポケットに入れ、茶の間に向かった。

 

 

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