第7話

 法事には、伯父さんととうさん、そして私の三人だけが参列した。

読経のあとに納骨をすませる。

かあさんの田舎にある実家(と言ってもだれも住んでいない)の近くにお墓はあるけれど、できれば近くにいたいからと、お寺の納骨堂をとうさんがもくろんだのだ。

かあさんは結婚してとうさんの姓になったから、とうさん側のお墓に入るものだろうと私は思っていた。

けれど、とうさん側のお墓は、かなり前に墓じまいをしたらしく、私が生まれた頃には実家ともどもなかったと、初めて聞く話をしてくれた。

「お墓って、いちど建てたらずっとそこにあるものだと思ってたわ」

「そういう家のほうが、多いんじゃないかな。とうさんは大学からそのままここの役所に就職したけれど、おやじ、まあ愛美めぐみのじいさんだな。おやじは転勤が多い仕事だったし、地元に戻るつもりもなかったんだろう。病気をして、いざ亡くなるというときの遺言が“自分が死んだら、田舎の家と墓は処分すること”だったよ。とうさんには兄弟がいないし、家を継ぐ者もいなかったからな。あの当時の人としては、風変わりなモノの考え方をする人だった」

「ふうん。あれ?おじいちゃんの遺言がそうだとして、おばあちゃんは?おばあちゃんの考えはどうだったの」

「おふくろは、おやじより先に亡くなってたからな。おふくろの骨までは墓に入れたが、転勤先が遠方で、墓参りもままならなかったのが堪えたのだろう。墓ごときに縛られたくないと言っていた。田舎だから、墓があるのに参りにも来ないとは罰当たり、そんな陰口をいう人もいたと聞いたよ」

(そんなことを言う人って、ほんとにいるんだ)そう思っていたら、そばで聞いていた伯父さんが口を挟んだ。

「お父様は、ずいぶんと先進的な考えを持たれた方だったみたいですな。だが、そういう考え方があっても、いいと思いますよ。大切なのは形ではなく心ですからね」

 

 それから、おときがわりの食事に行くことにした。

食事をすませてコーヒーを飲みながらくつろいでいるときに、伯父さんが『そうそう』と言いながら傍らに置いたかばんの中から、一台のビデオカメラを取り出した。

私が知っているものよりもずっと大きくて、保存は磁気テープを使用するタイプだと教えてくれた。

「この前、押入れを片づけていたら出てきてな。見てみたら、懐かしいものが写っていたから、持ってきてみたよ。どこかにコンセントはないかな?ああ、あった。さすがにバッテリーは充電できなくなっていたから、直接つながないと動かないんだ」

そう言いながらビデオカメラをテーブルに置き、ディスプレイを私ととうさんが見えやすいように調整して、再生ボタンを押した。

 

 ディスプレイに映しだされたのは、小さな赤ちゃん。

そして赤ちゃんを抱いて、やさしくゆするように動く、女の人らしい姿だった。

女の人らしい、というのは、映っているのが赤ちゃんを抱く胸のあたりだけで、赤ちゃんの少し上あたりに、おそらく束ねているであろう髪の毛の先が、ゆれていたからだ。

「おお。懐かしいな。愛美、これお前が赤ちゃんの時だぞ。こんなものが残っていたとはな」

「へえ。私って、こんな赤ちゃんだったんだ。あたりまえだけど小さい」

赤ん坊時代とはいえ、自分の姿を映像としてみるのは、うれしいようなこそばゆいような、そんな気持ちで映像を見ていた。 

その人は赤ちゃんを揺らしながら、ごく小声でなにか歌?みたいなものを口ずさんでいる。

 

 「え?!伯父さんちょっと止めて」

かすかに聞こえるつぶやきに、気になるフレーズが聞こえた気がして、私は伯父さんに再生を止めてもらった。

「伯父さん、これ一回巻き戻して、もう一度最初から再生してもらえますか?音量が大きくできるなら、大きくしてほしいけど。私、画面をムービーで撮っておきたいし。だって、そのビデオじゃないと、再生できないんでしょう?私、家に帰ってからも見たいし」

「おお。いいとも」

おじさんは、テープを巻き戻してくれた。

音量の調整は無理だったようだ。

 

 私はスマホのカメラアプリを立ち上げて、ムービーモードにしてディスプレイをとらえ、録画を開始した。

伯父さんが再生ボタンを押すと、先ほどと同じ画像が流れだす。

スマホの画面越しに見るディスプレイの中で、赤ちゃんがゆっくりと動く。

赤ちゃんを大写しにしていた構図が、だんだんと引いていき、抱いている人の姿が見えだしてきた。

ふくらみを持った胸。首を丸く囲んだようなデザインの、綿っぽい素材のブラウス。

首のあたりで、左がわにひとつに束ねられた髪。

そして柔らかそうなあごが見えて、口が映りそうになったとき、キュルキュルというような異音がして、画面が急に真っ黒になった。

 

「あ!!」

「え?!」

とうさんと私が同時にあげた声に、伯父さんはディスプレイをのぞきこみ、そこが真っ黒になっているのを見ると、あわててストップボタンを押して、カメラのあちらこちらを確認していた。 

そしてテープを取り出そうとした。

「ああ。だめだ。テープが完全にからみついている。こりゃ、ちょっとやそっとじゃ取り出せないし、下手したら切れてるかもしれないな。愛美、すまんが上映会はここまでだな」

「私らのために、申し訳ないです、義兄さん。そのカメラ、修理に出されますか?もちろん修理費は、出させていただきますが」

「まあ、修理うんぬんは、持ち帰って自分で取り出せるか、試してからにしましょう。機械もテープも古くなってたから、こうなることもありえますよ」

二人の会話を聞きながら、私はムービーのストップボタンを押して録画を終わらせ、撮ったばかりの動画を保存した。

 

 

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